(ボネ神父伝5)◆2、小さな越境者
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、5
第1部 選ばれた一粒のたね ある宣教師の生いたちと布教
◆2、小さな越境者
まっかな夕日が、うっそうとした森の頂を金色にそめながら山の端にかくれると、まもなく天使の目のように星が大空いっぱいキラキラとまたたきはじめました。また幾世紀ものならわしどおり、しずかな夜が、フランスとスイスの国境にそびえるアルプスにおとずれたのです。
だが、今夜は様子が少しかわっています。とつぜん、やぶのなかから小さな丸いものが飛びだして、すばしこいかげがおどるように坂道をのぼって行ったのです。すると、はね返った小枝の間をすりぬけて、また一つ同じかげが、つぎつぎにとび出しては、月光の青白いうす明りのなかをのぼってゆきます。まるで、リスを思わせるような敏捷な動作です。
「君たち、いくら持ってきたの?」
いちばん先のかげが、急にたちどまって、聞きました。
「ぼく、1フランだよ」
「ぼくも」
「ぼくも」
「なんだ、みんな1フランじゃないか」
「マキシム君、たりるかい?」
5つのかげは、頭をよせて、しっかり握りしめて汗はんだ1フランの銅貨をみせあいました。もし、この小さなざわめきにおどろいて、あの大空いっぱいの天使の目がみつめたならは、5、6人の少年たちが目をくりくりさせながら一様にいたずらっぽく笑っているのを見たでしょう。無邪気なつぶらなひとみです。この少年たちは、国境を越えて、スイスがわに達したのです。
「バーン!」
突然どこかで、かすかな銃声がひびきました。
「伏せ!」ひとりが声をおとして叫ぶと、少年たちはパッとうっ伏して、くさむらの中に、じっと息を殺しました。監視所の方向ではなかっただろうか? 一瞬、望遠鏡を手にしたおそろしい見張人の姿が、少年たちの頭をかすめました。
しかし、いつまでたっても物音一つしないのをみると、かれらはとび起きて一目散にかけだしました。
やがて、少年たちの姿がみえなくなったころ、どこからか、やさしい鈴の音がきこえてきました。
「カラン、カラン、カラン、カラン、カラン、カラン」。
しばらくすると、あちらからも、こちらからも、ひびいてきます。それは、すんだ夜空をふるわせながら、山から山へはね返って、まるで夏の夜の伴奏のように、いやがうえにも詩情をかきたてるのです。このあたりでは、放し飼いの牛の首に、逃げたばあいの手づるになるよう鈴をつける風習がありました。