カトリック情報(緊急避難ブログ)

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2017年1月のブログ記事

  • フリーメーソンとは何ものか? 教皇レオ13世

    フリーメーソンというセクトが私たちイタリア国民にもたらしてきた実りは、このようなものです。そして、このように為しておいた後で、フリーメーソンはあなた方の前に姿を現し、イタリアに対して自らが成した功績を吹聴すべく努めるのです。同様に、彼らは私ならびに私の言葉に耳を傾けイエズス・キリストに忠実であり続... 続きをみる

  • 短気は損気  大聖マカリオス

    隠世修道者が腹を立てるなど、もってのほかである。どんなやり方であろうと、兄弟を悲しませることは、隠世修道者にふさわしくない。 大聖マカリオス

  • 聖ヨハネ・ドン・ボスコ証聖者  1月31日  St.Joannes Don Bosco C.

    聖ヨハネ・ドン・ボスコ証聖者  1月31日  St.Joannes Don Bosco C.   1815年 - 1888年 青少年教育の守護の聖人  イタリアのトリノに「孤児の父」と記された一基の墓がある。碑銘は至って簡単であるが、この下に眠る人こそ無数の孤児の慈父と仰がれた有名な聖ドン・ボスコ... 続きをみる

  • 罪を犯すよりは  聖ドミニコ・サビオ

    罪を犯すよりは死をお与え下さい 聖ドミニコ・サビオ

  • 真の尊厳  聖アンブロシウス

    キリストに仕えることより気高い尊厳はないでしょう。 聖アンブロシウス

  • 聖マルチナおとめ殉教者  St. Martina V. et M,  

    聖マルチナおとめ殉教者  St. Martina V. et M,     記念日 1月30日  聖ペトロ等の殉教を皮切りとしてローマ帝国に起こったキリスト教の迫害は、無慮300年間も続いたが、それでも絶え間なく一様に行われていた訳では決してない。面も向けられぬように激しくなる時があるかと思うと、... 続きをみる

  • 感謝の義務  聖アウグスティヌス

    我々は知る、神を信じない人々の中から我々を選び、神の真理に導きたもうたことを大きな恩恵として神に感謝するのは真の義務であり、敬虔な習慣であることを。 聖アウグスティヌス  『手紙』217・5

  • ノラスコの聖ペトロ証聖者   St. Petrus Nolascus C.

    ノラスコの聖ペトロ証聖者   St. Petrus Nolascus C. 記念日 1月29日  イスラム教を奉ずるサラセン人が7世紀の中頃から四方を侵略し、8世紀の初めにはスペインまで略取して、そのコルドヴァにも都をおき、大いに勢いを張った事は、西洋史に普く人の知る所であるが、ここに哀れを極めた... 続きをみる

  • 聖トマス・アクィナス司祭教会博士

    聖トマス・アクィナス司祭教会博士     記念日 1月28日  中央イタリアの有名なモンテカッシーノ大修道院の近くにあったロッカセッタ城に生まれる(1225年頃)。5歳の時、父は彼をモンテカッシーノ大修道院の寄宿学校に奉献した。以後ナポリで勉強を続けると、18歳の時にドミニコ会に入会して、パリ大学... 続きをみる

  • 高貴な人に仕える司祭は 聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ

     ヴァンサン・ド・ポールは、ずっとのちになっておこなった訓話のなかで、高貴な人たちに仕える司祭はどうなければならないかについて、つぎのように述べている。  「高貴な人たちの聖務係は聖人であるのが望ましい。完成した聖徳をもっていなければならないというわけではありません。それは完成した聖人しかもってい... 続きをみる

  • 聖アンジェラ・メリチおとめ

    聖アンジェラ・メリチおとめ     記念日 1月27日  1474年、北部イタリアのガルダ湖の岸辺にあったデセンツァノ市の農家に生まれる。  当時は、キリスト教的精神が非常に薄らぎ、ほとんどの人は実際に信仰を持たない者のような日々を送っていた。そのため道徳風俗もしだいに頽廃していくばかりだったので... 続きをみる

  • 時は善なり  聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)

    時間を無駄にせず、多くの善を行いなさい。善を行ったことを悔やむことは決してないでしょう。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)

  • 聖テモテ、聖テトス司教

    聖テモテ、聖テトス司教        記念日 1月26日 聖テモテ  「私は罪人のなかの罪人である」と告白して、パウロは「イエズス・キリストから、信仰と愛と溢れるばかりの豊かな恵みを受けた」と書き送った。  テモテは、この聖パウロの大のお気に入りの弟子であった。彼はパウロの第一伝道旅行で回心したと... 続きをみる

  • 御心と手段  聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)

    私達に仕事を望んでおられる神は、それを実行に移す手段もお与え下さるでしょう。一つの目的の為に働く人は、手段を用いる権利があり、それが与えられるのは確かです。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)

  • 使徒聖パウロの回心 Conversio St. Pauli Ap.

    使徒聖パウロの回心 Conversio St. Pauli Ap.    祝日 1月25日  神人イエズス・キリストがゴルゴダの丘で十字架に磔けられ、壮烈な最後を遂げて救いの大業を完成し給うたその年の事である。或る蒸し暑い夏の夕べ、二人の従者に手を引かれて、シリアのダマスコ市へとぼとぼと入って来た... 続きをみる

  • 問題はどう苦しむか  聖ジャン・マリ・ヴィアンネ

    望むと望まぬとにかかわらず、苦しまねばなりません。善い盗賊のように苦しむ人もあり、悪い盗賊のように苦しむ人もあります。二人共に苦しむのは同じです。しかし、一方は、自分の苦しみを功徳のあるものにすることを知っていました。彼は償いの気持ちでこの苦しみを甘受したのです。そして、十字架に釘付けられ給うイエ... 続きをみる

  • サレジオの聖フランシスコ司教教会博士 St. Franciscus Sal. E. et. D.

    サレジオの聖フランシスコ司教教会博士 St. Franciscus Sal. E. et. D. 記念日 1月24日  「偽預言者多く起こりて、多くの人を惑わさん。且つ不義の溢れたるによりて、数多の人の愛冷えん」  主のこの御預言は、16世紀に恐ろしいまでに適中した。即ちルターを始めツウィングリや... 続きをみる

  • 純潔とは何か?  福者ヤシンタ・マルト

    「純潔ってどんなことか分かるの?」とマードレ・ゴヂンニョは聞いてみました。「ええ、分かりますとも。体の清さは純潔であることですし、魂の満さは罪を犯さないこと、見てはいけないものを見ないこと、盗まないこと、決して嘘をつかずに、それがどんなに辛いことであってもいつも真実を言うことです」 福者ヤシンタ・... 続きをみる

  • 聖イルデフォンソ司教

    聖イルデフォンソ司教  記念日 1月23日  スペインのトレド市の大司教聖イルデフォンソが、ある日大聖堂の司教座に腰掛けていたとき、聖母マリアが彼に祭服をくださったまぼろしを見た。  この賜物は彼にとって、ふさわしいものであった。彼は聖母に対して深い信心を持ち、キリスト信者の最高の義務であるイエズ... 続きをみる

  • 祈りは言葉より強し  幼きイエズスの聖テレジア

    祈りと犠牲はあなたを全体に強めるでしょう。これらは無敵の武器です。これらが言葉よりもはるかによく、心を動かすことができるということを経験によって私は知っています。 幼きイエズスの聖テレジア

  • 聖ヴィンセンシオ助祭殉教者   St. Vincentius Diaconus M.

    聖ヴィンセンシオ助祭殉教者   St. Vincentius Diaconus M.  記念日 1月22日  同じヴィンセンシオという名を持つ聖人の中で、最も古い人はサラゴッサの聖ヴィンセンシオ殉教者である。彼は聖会の初代に於いて有名な三人の聖助祭の一人で、しばしば最初の殉教者聖ステファノや聖ラウ... 続きをみる

  • 聖アルフォンソの掟

    聖アルフォンソ・デ・リグオリは、誰にでもロザリオを唱えるようにと言い、彼の修道会の規則には、毎日これを唱えることを定めた。

  • 全ての人がカトリックになるとき  聖マキシミリアノ・コルベ

    離教者とプロテスタントたちが、確信をもってカトリックの信経を宣言するとき、そして全てのユダヤ人たちが自発的に聖なる洗礼の秘蹟を求めるとき、その時始めて、インマクラータ(無原罪の聖母マリア)は、その目的に達したことになる。 聖マキシミリアノ・コルベ

  • 聖アグネスおとめ殉教者   St. Agnes V. et M.

    聖アグネスおとめ殉教者   St. Agnes V. et M.      記念日 1月21日 聖女アグネスの名は、今日までどれほど多くの人々の胸に清い思いを沸かしたか知れない。殊に若い女性の耳には天来の妙音とも響いたであろう。そして迫害にも屈せぬその信仰の堅さや剛毅の徳に就いては、聖アウグスチヌ... 続きをみる

  • この世は戦い  大聖マカリオス

    行者の心が敵に打ち勝つと、あわれみ深い神は、その決心のほどをみて、その行者から、聖なる力を引き戻しはじめられる。そして神は敵に、不潔、眼の楽しみ、虚栄、傲慢などによって、再びたたかいをいどむことを許される。すると行者は、舵を失った小舟のように、波のまにまに揺れ動くわけである。心が敵のために弱り果て... 続きをみる

  • 聖セバスチアノ殉教者    St. Sebastianus M.

    聖セバスチアノ殉教者    St. Sebastianus M.     記念日 1月20日  ローマ帝国300年に亘るキリスト教迫害の中、最も残忍酷烈を極めたのはディオクレチアノ皇帝の御代に行われたもので、天主への聖愛から雄々しく信仰を宣言して、潔く生命を献げた殉教者も夥しい数に上ったが、ここに... 続きをみる

  • 祈りは人を世俗から解放する  聖ジャン・マリ・ヴィアンネ

    お祈りは私共の霊魂を物質から解き放してくれます。気球を膨らます火のように、霊魂を高く天に向かわせてくれます。 聖ジャン・マリ・ヴィアンネ

  • 慕われることから始めなさい  聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)

    尊敬されたいなら、まず慕われるようにしよう。教育の大事な目的を達成するために言葉や特に態度でもって自分が求めているのは生徒の物心両面の利益だけであることを示そう。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ) 「聖フランシスコ・サレジオ会経営学校のための校則」(1877年度版)

  • 聖王カヌト4世殉教者  St. Canutus IV.M.

    聖王カヌト4世殉教者  St. Canutus IV.M.     記念日 1月19日  天主より受けた主権を乱用せず、人民を正しく治め、之に諸徳の模範を示す国王こそ、真に尊敬すべく心服すべき仁君であると言わねばならぬが、聖カヌトもそういう一人であった。  カヌトは11世紀の末頃、北欧デンマークの... 続きをみる

  • 教師の使命  聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)

    神がまかせてくださった青少年に対して、何かの役目、または指導の立場にあるあらゆる人は、何か理由があれば、どんな生徒に対しても注意や助言を与える任務を持っている。特に神に対して罪となる行ないを防ぐ必要がある時、その義務がある。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ) 「聖フランシスコ・サレジオ会経営学校のた... 続きをみる

  • ハンガリーの聖マルガリタ

    ハンガリーの聖マルガリタ      記念日 1月18日  マルガリタは、ハンガリー王国ベラ4世とマリー・ラスカリス女王の王女として生まれた。ところが当時ハンガリーは外部からの大きな危機に直面していたので、両親はマルガリタを神にささげるならば災害から救われるだろうと期待して、彼女を修道院に入れた。 ... 続きをみる

  • 濡れ衣も御心  聖ヴィンセンシオ・ア・パウロ

    本会のある人がその友人の金を盗んだとざんげんされ、家中にふれまわられたことがあります。それは本当ではありませんでしたが、その人は決して弁明しませんでした。しかし、このように無実の罪をきせられたので、心のなかで、「身のあかしを立てるべきではないか。おまえはまったく無実の罪を負わされているのだ」と考え... 続きをみる

  • 節制  大聖マカリオス

    「節制の実行の中で、具体的に、どれがいちばんすぐれていますか」師父は答えました。「たえ間なく、痛悔の念をもって、われらの主イエズス・キリストのみ名を反すうしている人はしあわせである。まことに、羊がそうしているように、おまえも、修行の生活で、たえず主のみ名を反すうしているならば、それにまさる食物はな... 続きをみる

  • 聖アントニオ修道院長   St. Antonius Abbas       記念日 1月17日

    聖アントニオ修道院長   St. Antonius Abbas       記念日 1月17日  今月の15日のくだりに述べた聖パウロ山修士の如く、ローマ帝国の迫害時代に、難を荒れ野に避けて、一人孤独寂静のうちに天主とともなる山修士生活を営んだ人は、他にも幾人かあったが、そういう人々を打って一丸と... 続きをみる

  • [沈黙批判]フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』、3-2

    フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』 ◆3-2、弱い人々のために (バルバロ神父)  キリストは、「弱い人々」のために来た。それは真実である。そのためにキリストは、「神のあわれみ」をわれわれに教えた。しかしキリストは一度も、人間の弱さをあおったこ... 続きをみる

  • 聖パウロ・三木の遺言

    私はすべての日本人がキリスト教の信者になることを望みます。 日本最初の殉教者日本26聖人の一人、聖パウロ・三木が殉教前に説教で語った言葉

  • 聖パウラ寡婦   St. Paula Vidua 

    聖パウラ寡婦   St. Paula Vidua       記念日 1月16日  裕福な人々は大方貧しい人々の真剣な死にもの狂いの生活を知らぬ。それで別に悪い人でなくても、自然人生に対する真面目さを失い、その日常も兎に角奢侈贅沢を追うて遊戯的享楽的態度に流れやすいのは、否む事の出来ぬ事実である。... 続きをみる

  • [沈黙批判]フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』、3

    フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』 ◆3、弱い人々のために (バルバロ神父) 「正義のためにしいたげられた人は幸せ」  先日、カトリック新聞にのった遠藤周作氏の一文に関して、デルコル神父の抗議的な反論が本号にのるが、私もそれについて一言書き加え... 続きをみる

  • テレーズの犠牲

    イエズスさまに人々の霊魂を生んでさし上げることのできるものは、苦しみ以外にはありません・・・永遠に滅んでしまいそうなひとりの霊魂を救うのが、唯一の望みである私たちにとって、苦しみの大ごちそうにあずかることに、なんの不思議がありましょう。 リジューの聖テレーズ

  • 聖パウロ山修士    St. Paulus Eremita   

    聖パウロ山修士    St. Paulus Eremita         記念日 1月15日  聖パウロ山修士は230年頃エジプトに生まれた人である。父母はキリスト信者で家もすこぶる豊かであったから、子供にしっかりした宗教教育を施す一方、普通の学問も十分に授けることが出来た。  パウロは15歳に... 続きをみる

  • [沈黙批判]フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』、2-5

    フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』 ◆2-5、キリスト者の信条  踏絵 (デルコル神父)  私は、遠藤周作氏があのような記事を書いたのは、残念なことだと思う。しかし、それにもまして残念でならないのは、その記事が、カトリック新聞にでたことである。... 続きをみる

  • 義人の幸福  聖ジャン・マリ・ヴィアンネ

    世の終りに、天国の芳香を漂わせる霊魂が、永遠に神様を享受するために、自分の体を探しにくるとき、義人の幸福はいかばかりでしょう。そのとき、私共の体は丁度洗濯を終えた布のようになって、地中から出てくるでしょう・・・義人の体は、天国に於いて、美しいダイヤモンドのように、また愛の球のように光り輝くでしょう... 続きをみる

  • ミラノの聖ヴェロニカ修道女  St. Veronica a Mediolano V.

    ミラノの聖ヴェロニカ修道女  St. Veronica a Mediolano V.  記念日 1月14日  聖ヴェロニカは1445年、イタリアのミラノ市の近傍に生まれた。父母は貧しい人々であったが、極めて信心深く、キリスト教信者たるに恥じぬ立派な生活をして善い模範を示し、また熱心に天主の御聖寵を... 続きをみる

  • [沈黙批判]フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』、2-4

    フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』 ◆2-4、キリスト者の信条  踏絵 (デルコル神父)  キリストのこの教えは、きびしすぎると思われるかもわからない。信仰のない人、信仰のうすい人には、そう思われるのもやむをえないだろう。使徒聖パウロが明らかに... 続きをみる

  • 外国宣教団 (アッシジの聖フランシスコ)

    外国宣教団 (アッシジの聖フランシスコ)  一二一九年に、あたらしく外国宣教団が組織されました。今度は十分な準備と計画がなされました。教皇さまからのすいせん状を兄弟たちは持参しました。  それぞれ組に分かれて、出発しました。チェニス、ギリシャ、フランス、さらに遠くモロッコにさえも出かけましたが、ド... 続きをみる

  • 聖ヒラリオ司教教会博士    St. Hilarius E. et D.

    聖ヒラリオ司教教会博士    St. Hilarius E. et D.    記念日 1月13日  聖ヒラリオは325年頃、ガリア(現在のフランス)のボアチェ市に生まれた。両親は同国の貴族であった。ヒラリオは国で最も良い学校に入り勉学したが、異教者にあるにも拘わらず空しい世間の快楽を退けて、ひた... 続きをみる

  • [沈黙批判]フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』、2-3

    映画「沈黙」の公開が近いので、急遽、掲載します。これらの記事は半年前にカトリックグループに掲載されたものです。 フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』 ◆2-3、キリスト者の信条  踏絵 (デルコル神父)  遠藤周作氏の第三の口実、「家族への配慮」... 続きをみる

  • 聖マルグリット・ブルージョワ修道女

    聖マルグリット・ブルージョワ修道女            記念日 1月12日  1620年フランスのトロワに生を受け、33歳の秋、当時フランス領植民地であったカナダ大陸に渡る。荒涼とした未開の地ヴィル・マリー(現在のモントリオール)の土を踏んだマルグリットは、戦火と困苦欠乏に耐えつつ、フランス人と... 続きをみる

  • ファティマの聖母 シスター・ルシアに 1917年6月13日

    イエズス様は人々に私を知らせ、愛させるためにあなたを使うことを望んでおられます。イエズス様はこの世界に私の汚れなき御心への信心を打ち立てることを望んでおられます。この信心を実行する人に私は救いを約束します。これらの人々の霊魂は神の玉座を飾るために私によっておかれた花のように、神にとって大切なもので... 続きをみる

  • [沈黙批判]フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』、2-2

    フェデリコ・バルバロ神父、アロイジロ・デルコル神父共著『キリスト者の信条 踏絵について』 ◆2-2、キリスト者の信条 ; 踏絵 (デルコル神父)  遠藤周作氏が「自分がそんな強者ではないゆえに」といっても、キリストはゆずられない。また、かれは、「おのが弱さや拷問への恐怖、家族への配慮、そんないろい... 続きをみる