3-17-6 馬王堆の主
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 17 驚異の漢墓 6 馬王堆の主 この墓が「軑候(だいこう)」家のものとすれば、墓の主人公は軑候夫人ということになるであろう。 それでは軑候とは、どういう家だったのか。 長沙には王家があった。漢の高祖劉邦は、項羽との戦いに功のあった呉芮... 続きをみる
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『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 17 驚異の漢墓 6 馬王堆の主 この墓が「軑候(だいこう)」家のものとすれば、墓の主人公は軑候夫人ということになるであろう。 それでは軑候とは、どういう家だったのか。 長沙には王家があった。漢の高祖劉邦は、項羽との戦いに功のあった呉芮... 続きをみる
他人にしてもらいたいように他人に行え。義務感を持て、誰かに見られてるかどうかなど気にせずよく果たせ(高尚な野心をもって)。 聖マキシミリアノ・コルベ
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆12、聖カジミロの使命 聖カジミロの使命は、リトアニアの国民をプロテスタントから守ると同時に、東に面しては、離教教会の危険からも守ることにあった。では、そのいきさつを述べよう。 モスクワの太公は、ツァー(皇帝)となったとき、西に向か... 続きをみる
聖ジャンヌ・ダルクおとめ殉教者 記念日 5月30日 1329年、フランス王チャールズ4世の逝去によりカペー王朝が断絶し、そのいとこにあたるヴァロア家のフィリプがあとを継いだ。ところが、英王エドワード3世はチャールズ4世のおいにあたるという理由からフランス王位相続権を主... 続きをみる
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 17 驚異の漢墓 5 生活の遺品 馬王推の漢墓の副葬品は、合計百点あまり。その種類は絹織物をはじめ、漆器や木器や陶器、さらに穀物や食料品など、ほとんど完全な形で残っていた。 絹織物のなかには、完全な状態の衣服、靴や靴下など、また枕やふろし... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆11-4、その後 1569年、イエズス会は、リトアニアに入り、聖カジミロのすばらしい手本をみんなに紹介して、みごとにカトリックの信仰をプロテスタントから守りぬいた。その10年後イエズス会は、ビーリニュスに、一つの高等学校と一つの大学を... 続きをみる
イエズスと天のお母さん以外のものを考えないようにするため、あなた方自身を忘れるように務めよ。 聖マキシミリアノ・コルベ
パッチの聖マリア・マグダレナおとめ St. Magdalena a Pazzis V. 記念日 5月29日 パッチの聖女マリア・マグダレナは1566年、イタリアのフィレンツェの名門パッチ家に呱々の声を挙げた。洗礼の折りにはシェナのカタリナと命名された。栴檀は双葉より香しとやら、彼女もつとに... 続きをみる
神の意志に反するものや、それに合わないものを全く自分から取除くときに、われわれの霊魂は、愛によって神のうちに変容されたものとなる。 十字架の聖ヨハネ 『カルメル山登坂』2:5:3
カンタベリーの聖アウグスチノ司教 St. Augustinus E. D. 記念日 5月27日 4世紀の民族大移動に際し、アングロ・サクソン族はブリタニア(今のイギリス)に侵入し、既にキリスト教の教化に浴していた土着民を殺戮、征服したので、同地における聖会も一時全滅の悲運を見るに至ったが... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆11-2、その後 さて、聖カジミロの帰天後、その墓の前で、たくさんの奇跡が行なわれ、これにはげまされて国民の信仰生活は、大いに向上していった。この様子をみた聖ベルナルド会の修道司祭たちは、教皇にカジミロの列聖式を願い出て、次のようにい... 続きをみる
聖体拝領のこの至聖なる秘跡がもたらす効果のうち、感覚に触れるようなことは、最も小さなものであることを悟らないことは、神を非常に低く評価することである。なぜなら、神が与えられる恵みのうち、目に見えない効果のほうが、はるかに大きいからである。 十字架の聖ヨハネ
聖フィリポ・ネリ司祭証聖者 St. Philippus Neri C. 記念日 5月26日 「汝等常に主において喜べ、我は重ねて言う、喜べ!」(フィリピ書 4・4) フィリポ・ネリは、この使徒聖パウロの言葉を一生の標語としたような聖人であった。フィリポ・ブオノ(善良なフィリポ)と言えば当... 続きをみる
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 17 驚異の漢墓 4 馬王堆(まおうたい)漢墓 さらに驚くべき発見が、一九七二年にあった。 長沙市(湖南省)の東郊、馬王堆(まおうたい)にあった漢墓から、完全な死体や、二千年前そのままの遺物があらわれたのである。 漢墓は七一年末、病院の... 続きをみる
聖マグダレナ・ソフィア・バラ修道女 St. Magdalena Sophia Barat V. 記念日 5月25日 カトリックの女子修道会も数多あるが「聖心会」の如きは、最も大にして最も著名な一つであろう。同会経営の女子教育機関は殆ど世界の各国に亘って置かれ、我が国においても東京、神戸の両市... 続きをみる
主が言われる通り「愛し合いなさい。しかしつまずきを警戒せよ。」言葉あるいは態度でもって人をつまずかせるものは、友達ではなく魂を殺害するものである。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ) 「聖フランシスコ・サレジオ会経営学校のための校則」(一八七七年版)
聖デシデリオ司教殉教者 St. Desiderius M. 記念日 5月23日 デシデリオは6世紀の中頃にゴールのオータンで生まれて、後にウィーンの司教になった。当時は、教会の聖職者たちの規律がゆるんでいたので、それを改めさせるためにデシデリオは力を尽くした。そのうえ... 続きをみる
いつも静かな落ちつきをもって、すべてを耐えしのぶことは、多くの善を得るために役立つだけではなく、同じ逆境にあっても、それらについて、よりよい判断を下し、適切な救いの手をさしのべるものである。 十字架の聖ヨハネ 『カルメル山登坂』3:6:3
カスチアの聖リタ修道女 St. Rita de Cascia 記念日 5月22日 1377年イタリアのロカポレナで農民の家に生まれた若きリタは、修道女になることを願ったが、両親の願いに従って結婚した。彼女の夫は、凶暴で放蕩であることがわかり、彼らの二人の息子はますます彼... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-6、祖国の保護者 この奇跡的な勝利ののち、列聖調査はどんどん進んで、1520年の終わり近く完成した。1521年教皇レオ10世は、ついにカジミロを聖人として宣言したのである。列聖調査によく働いた人がいた。それは、イタリアのフェレー... 続きをみる
意志が神に行くためには、楽しいこと、快いことに頼るよりも、むしろそういうものから完全に離脱しなければならない。このようにして、万事を越えて神を愛せよと命じる愛の掟を完全に果たすことになる。しかし、それは最も徹底した霊的離脱、赤裸のうちに確立されていなければできないことである。 十字架の聖ヨハネ 『... 続きをみる
聖マリア・ドミニおとめ St. Maria Dominica 記念日 5月15日 聖マリア・ドミニカ・マゼレロおとめは1951年6月24日にピオ12世によって列聖された、彼女は我が国において宮崎教区をはじめ大分教区、東京大司教区、大阪大司教区等で活動している「扶助者聖マ... 続きをみる
使徒聖マチア St. Matthias Ap. 祝日 5月14日 ある日聖ペトロが使徒達を代表して「主よ、私共は一切を棄ててあなたに従いました。その代わりにはどんな報酬が得られましょう?」とお訊ねすると、聖主は「我に従うた汝等は、世あらたまって人の子が... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-4、祖国の保護者 しかし、平和は長くはつづかなかった。みんなが、ほっとして、気がゆるんだ頃モスクワ公国では、恐ろしいけいかく計画を進めていたのである。 「あんなちっぽけな軍隊に負けたとあっては、わがモスクワ公国のこの上もない屈... 続きをみる
1928年の黙想 すべてのよき活動に苦労と犠牲はつきものである。今しつつあることをよく果たせ。そして、神への愛のために、苦労があろうとよりよい方法で完遂せよ。 神はその叡知にあふれる目的のために、反対をさし向けられることがある。 神は、神のみ旨を果たす者を愛される(十戒と福音の勧め=完徳) ... 続きをみる
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 17 驚異の漢墓 3 漢代の風俗 一九六九年には済南市(山東省)の郊外、無影山(むえいさん)で前漢の墓群(十四基)が発見された。 そのうちの一つの墓から、彩色をほどこした陶製の俑(よう=人形)が、たくさんに出土した。なかでも注目されたのは... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-3、祖国の保護者 いつどこから来たのか雪のように白い服を着た美しいひとりの青年が白馬にまたがって、みんなのなかに現われた。 どうしてここへ、だれか、何しに、など問う暇を与えず、その人の涼しい声がりんとして響き渡った。 「力をお... 続きをみる
徳はあるが師を持たない孤独の霊魂は、ただ一個で捨てて置かれた燃え炭にも似ている。強く燃えていくよりは、むしろ冷えていくであろう。 十字架の聖ヨハネ
聖ネレオ、聖アキレオ兄弟、聖ドミチラおとめ、聖パンクラチオ殉教者 記念日 5月 12日 Sts. Nereus, Achilleus, Domitilla et Pancratius M.M. 聖会は本日4人の聖なる殉教者を併せ記念する。その天国への凱旋の... 続きをみる
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 17 驚異の漢墓 2 満城の財宝 中山王劉勝と、妻の竇綰(とうわん)と、二人の遺体には「金縷玉衣(きんるぎょくい)」が着せられていた。 これは、二千片あまりの方形の玉片(ぎょくへん)の四隅に小さな穴をあけ、金糸でつづりあわせて、それぞれの... 続きをみる
『リトアニアの英雄 聖カジミロ』アロイジオ・デルコル神父著 ◆10-2、祖国の保護者 ところで、とぎれていた調査をつづけさせるために、今度は、聖カジミロご自身が動き出したのである。 そのいきさつは、次のとおりである。 モスクワの大公が大きな軍隊をひきいて、突然ポロツクの要塞をせめてきた。この... 続きをみる
私の愛する子どもたちよ。 私たちの学校で罰をあたえる必要がおきた場合に、ーその場合は稀にしかないと思うがー基準となるきまりを校長や教頭、先生たちに教えてほしいと、ほうぼうから私はよく頼まれる。私たちが生きている現代はむずかしい時代で、ちょっとした思慮の足りなさが大変な結果をまねくことがあると、... 続きをみる
聖イシドロ農夫 St. Isidorus C. 記念日 5月11日 天主は社会のあらゆる階級、あらゆる方面の人々に、それぞれ模範となり保護者となるようなさまざまの聖人を起こし給うが、本日祝う聖イシドロは生前農業を生業としていた所から全世界農民の保護者と仰がれている聖... 続きをみる
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 17 驚異の漢墓 1 中山王の墓 前漢の武帝が即位して四年目のこと(前一三八)、朝廷に出仕した諸王を酒宴にまねいた。 ところが音楽がはじまると、武帝の兄で、中山王となっている劉勝が、突然ワッと泣きだした。 武帝は驚いて、理由をたずねると... 続きをみる
全く神のために行なわれた清いわざは、清い心のうちに、その所有者である神のための全き王国をつくる。 十字架の聖ヨハネ
フィレンツェの聖アントニノ大司教 St. Antoninus Archiep. 記念日 5月10日 イタリアのフィレンツェは古来数多の名高い美術家、政治家、文学者等を生んだ由緒ある土地として知られているが、そればかりでなく、同市を揺籃とした聖人も少なくない。本日記念する聖アン... 続きをみる
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 16 斜陽の帝国 4 空前の大獄 やがて垣帝が死去し、一族から霊帝がむかえられて即位した(一六七)。 この迎立には、外戚の竇武(とうぶ)の力が大きかったので、またも外戚が力をもりかえす。 竇武(とうぶ)は大将軍となり、陳幕も太尉にかえり... 続きをみる
『東洋の古典文明 世界の歴史3』社会思想社、1974年 16 斜陽の帝国 3 清流と濁流 後漢の朝廷において高級の官吏となるためには、儒学の教養が必須であった。中央に設けられた国立の太学は、年を追うて発展し、その学生も後漢の末ごろには三万人に達する。 地方における私塾もますますさかんとなり、な... 続きをみる