資産防衛のススメ - 資産を日本円だけで持つのはやめよう!
カトリック保守派の一部には、秋田の聖母の2019年のメッセージを気にしたり、ヴィガノ大司教の声明に注意を払う向きもあるようです。私も、秋田の聖母の話が気になることもあるのですが、秋田の聖母やヴィガノ大司教のメッセージを気にかけながら、日本円だけは絶対に大丈夫だと考えるなら、それは恐ろしい矛盾です... 続きをみる
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カトリック保守派の一部には、秋田の聖母の2019年のメッセージを気にしたり、ヴィガノ大司教の声明に注意を払う向きもあるようです。私も、秋田の聖母の話が気になることもあるのですが、秋田の聖母やヴィガノ大司教のメッセージを気にかけながら、日本円だけは絶対に大丈夫だと考えるなら、それは恐ろしい矛盾です... 続きをみる
1914年の黙想 1914年10月23-30日 ローマにて 〔心構え〕 「完全に入れ、一人になれ、生まれ変わって出よ」 何の目的でお前は修道会に入ったか?神のみ旨を果たすために。できるだけ超自然的な現実(恩恵)と神聖なもの〔秘跡〕を利用せよ。 自然的なものは必要な範囲で用うべし。 従順はお前... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 13 開元と天宝 3 李林甫 李林甫の家は唐の帝室の遠い親族にあたるが、祖父も父も、ともにたいした官歴はしめていない。 それが宇文融とおなじように、源乾曜のひきたてによって、官界の正流にはいった。 やがて宇文融と同列の官につき、張説の弾... 続きをみる
『ウゴ・ラッタンツィ神父 教会の忠実なしもべ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、4 いつもそうしてきたように、父は、今度も子どもが生まれようとする産室の階段の下にすわって、熱心に祈っていました。生まれてくる赤ん坊と、母親のために、神の恵みを願う「天にまします」の祈りを、もう60回も、心をこめて... 続きをみる
お前の義務、勉強をよくせよ。時間を無駄にするな。 聖マキシミリアノ・コルベ 1919年2月2日
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 13 開元と天宝 2 名臣たち さて唐朝の政治において根幹をなすものは、律令である。 そうして人民が、政治の支配をまともに身にうけるのは、土地の制度としての均田制、税制としての租庸調、そして兵制としての府兵制であった。 これらを施行する... 続きをみる
念のため書きますが、私が食べたわけではありません。あくまで、食べたという方の体験談を載せています。 無印でコオロギを粉末にして作ったコオロギせんべいを買って食べてみたのだけど蕁麻疹が出て痒い痒い1時間ほどで治ったけど赤文字で甲殻アレルギーの人は注意みたいなことが記載されてるけど甲殻類は大丈夫なん... 続きをみる
蜜にとまる「はい」は、自分の飛行を妨げる。霊的な甘美さにすがりついていることを望む霊魂は、自分の自由と観想を妨げる。 十字架の聖ヨハネ
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 13 開元と天宝 1 開元の治 唐の玄宗(げんそう)といえば、まず楊貴妃(ようきひ)との情事が思いだされるであろう。 しかし楊貴妃を後宮にいれたのは、即位してから三十三年目のことである。 玄宗の初世は「開元の治」と称せられ、太宗の貞観の... 続きをみる
最大の理由は、地球温暖化対策になるからです。特に反芻動物は消化や排せつの過程で大量のメタンを放出し、これは農業の温室効果ガス排出量の3分の2を占めます。しかし、コオロギを飼育した場合、肉同量あたりのメタン排出量を少なくとも100分の1以下(別の資料ではCO2換算で温室効果ガス排出量を2000分の... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 12 唐朝の女禍 5 武氏の後継者 中宗は十五年にわたる地方の幽閉からよびもどされて、ふたたび帝位についたが、則天皇帝が没したのちは、ふたたび女性の専権に悩まされることとなった。 それはまず中宗の皇后の韋氏の勢力が大きくなったことである。... 続きをみる
おまえは、額に汗を流して、糧を得るだろう。土から出たおまえなのだから、その土に返るまで。塵であって、塵に返るべき者よ。 創世記 3章19節
『ウゴ・ラッタンツィ神父 教会の忠実なしもべ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、3 ◆1、生い立ち 闇夜にふと輝きはじめた美しい星々、その中の一つを、わたしはここに紹介したいと思います。その星の生まれたのは、前世紀のおわり頃、1899年の12月19日。その名をウゴ・エミリオ・ラッタンツィと呼び... 続きをみる
ここ超自然の世界に入ることは、自分自身から出て、低いものからはるかに離れ、すべての高いものをも超えて、この所まで来ることである。 十字架の聖ヨハネ 『カルメル山登坂』2:4:5
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 12 唐朝の女禍 4 武周革命 唐の皇族たちはほとんど誅滅(ちゅうめつ)され、武后が皇帝の座へ進出する準備はととのった。 首都長安付近の人たち九百余名が、国号を唐より周にかえることを請願した。 周とは、古代の理想とされている王朝名である... 続きをみる
『ウゴ・ラッタンツィ神父 教会の忠実なしもべ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ この小伝は、ウゴ・ラッタンツィ神父の弟フェデリコ・ラッタンツィ神父が、兄の死後、まだ2年とたたないうちに発行した伝記からの抜粋翻訳です。「自由な人」という題で、B5版360ページに書かれたこの本は、わずか8か月間に... 続きをみる
愛は欠点をうちこわし、すみやかに完徳へと導く。 聖マキシミリアノ・コルベ
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 12 唐朝の女禍 3 革命への道 さて高宗は三十歳をこすと、めまいと頭痛になやみ、視力も減退していった。 そのため政治はすっかり武后にまかせ、武后はこれを万事うまく処理し、名は皇后でも、ほとんど皇帝とひとしい地位を占めるようになった。 ... 続きをみる
炎上案件だというのは、かなり前から知っていましたが、その発言の現場を見ると、思った以上にひどいですね。想像以上のひどさです。そして、この発言者(成田悠輔 イェール大学助教授)の隣で笑い転げている人は、自民党の古川俊治 参院議員です。 ホロコースト関連発言などより数百倍ひどいと思いますが、なぜな... 続きをみる
神以外に何も求めない者は、たとい、自分がどれほど暗く貧しく思えても、決して闇のうちを歩まない。 十字架の聖ヨハネ
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 12 唐朝の女禍 2 皇后の座へ 宮中にはいった武照は、昭儀という女官の位についたが、たちまちにして高宗の愛情を独占した。 もはや王皇后も蕭淑妃(しょうしゅくひ)も、ともに高宗から顧みられない。 それでも武昭儀は、高宗だけではなく、王皇... 続きをみる
イエズスはその母と愛する弟子がそばに立っているのを見られ、母に「婦人よ、これがあなたの子だ」と言われ、また弟子には「これがあなたの母だ」と言われた。 ヨハネによる福音書 19章27節
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 12 唐朝の女禍 1 武照の登場 名天子といわれた唐の太宗も、子供と世継ぎの太子のことでは悩んだ。 太宗には十四人の男子があったが、そのうち文徳皇后とのあいだには、承乾(しょうけん)・泰(たい)・治(ち)の三子があり、太宗の即位後は長子と... 続きをみる
教会の忠実なしもべ ウゴ・ラッタンツィ神父 ◆ 愛の段階 ウゴ・ラッタンツィ神父の霊的日記から 1 地上のむなしさを認め、永遠の善にのみ愛着すること。 2 たえずイエズスのことを考えて、心に愛を燃え立たせること。 3 何をするにも、心の花婿 イエズスの愛のためにすること。 4 いけにえとなり、苦し... 続きをみる
イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。 ヨハネの手紙一 4章 3節
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 11 玄奘の西遊 4 帰国して訳経 玄奘が帰国の途についたのは、貞観十五年(六四一)、四十歳のときのことであった。 ハルシャ王からは南方の海路をとるようにすすめられたが、高昌国王との約束があるので、ふたたび北方の陸路をとった。 ハルシャ... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 11 玄奘の西遊 3 苦しい求法の旅 ついに玄奘は、国法をやぶってインドへ旅だつ。ときに貞観元年(六二九)八月、二十六歳であった。 小説として有名な『西遊記(さいゆうき)』は、この旅行をテーマとしたものである。 主人公の三蔵法師は、孫悟... 続きをみる
己に勝て。イエズスへの愛のために、平和の内に自らをいやしめよ。 聖マキシミリアノ・コルベ
感覚や能力を全部、物事の上に使ってはならない、ただ、どうしても必要な程度だけにとどめて、残りは神のために自由にさせておかなければならない。 十字架の聖ヨハネ
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 11 玄奘の西遊 2 玄奘のおいたち 玄奘は俗名を陳褘(ちんい)といい、隋の文帝の仁寿二年(六〇二)、洛陽の東方に生まれた。 曾祖父も、祖父も、北朝の大官であった。父は儒学の研究に専念し、おりから隋末の乱世にあたっていたので、官につくこと... 続きをみる
すべてのインスピレーションが神から来るのではない。とりわけ、内的平和を乱すものは、悪魔的な印をもっている。それを識別するには、その起源、発展、そして目的をしらべよ。悪魔に対抗するには、お前に許されたことを行え。 聖マキシミリアノ・コルベ
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 10 唐朝の建国 7 唐の律令と官制 律という成文法をつくって、それにもとづいて政治をおこなうことは、すでに秦漢帝国の成立に始まる。 ただし当時の律は断片を知ることができるだけである。 漢代には律のほかに、令(りょう)とよばれる迫加法... 続きをみる
第38 安心を得るための二つの規則 今まで述べてきたことに己が行状を従わせる人々は、充分安心を得るに足ると雖も、この最終の章に当り、なお二つの規則を示さんとす。もしよくこれを守るならば、この邪な世に於て得られるだけの安和を心に得るには奇妙に益するであろう。 第一の規則は、不断[たえず]注意して... 続きをみる
神がそのこ光栄のために、あなたに不足していると知っておられるものを、みずから、あなたに与えてくださるようにと、心の底から願え。 十字架の聖ヨハネ
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 10 唐朝の建国 6 門閥と科挙の制 書代は貴族政冶の時代であったと、よくいわれる。 たしかに六朝(りくちょう)時代このかた漢人の名門は、その家柄をほこっていた。 これにくらべて唐の帝室(隴西(ろうせい)の李氏)は、かならずしも名門とは... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 10 唐朝の建国 5 夷を威服する さきに高祖がはじめて太原で挙兵したとき、突厥(とっけつ=トルコ)の援助をうけた。 そのころ突厥の帝国は東西に分裂しており、唐が通じたのは、モンゴル高原にあった東突厥であった。 ところが唐朝が、玄武門の... 続きをみる
第37 糾 明 よく己れについて警醒する人は、日に三度糾明するを常とす。即ち、朝昼夕である。朝と昼との糾明は省くとも、少なくも夕[ばん]の糾明を怠ってはならぬ。聖書を見るに、神は創造の時、人の為に造り給うた事について、二度もこれを好しとし給えりとあれば、まして人は一度なりとも、神に対して致した事... 続きをみる
第五章:「創世記」冒頭の二節のうちに、三位一体が認められる 六、どうであろうか。わたしの神よ、あなたのそうであられる三位一体は「おぼろげに」ながらわたしに見えるのである。父よ、あなたは、わたしたちの知恵のはじめにおいて、あなたから生れ、あなたに等しく、あなたとともに永遠であられるあなたの知恵にお... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 10 唐朝の建国 1 李淵の挙兵 4 名君と名后 貞観十年(六三六)、太宗が侍臣に問うた。 「帝王の業は、創業と守成とどちらがむずかしいか。」 房玄齢(ぼうげんれい)が答えて、「創業がむずかしい」といい、魏徴(ぎちょう)は「守成がむずか... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 10 唐朝の建国 3 玄武門の変 李世民の勢望は、兄の太子建成を圧倒する感があった。 しかし中国では、古くから長子相統制が確立しており、よほどのことがないかぎり、長子である太子を廃することはできない。 それでも高祖は挙兵このかた、大きな... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 10 唐朝の建国 2 長安への進撃 大業十三年(六一七)七月、李淵は三万の軍で太原を発し、首都の長安にむかって遠征の途にのぼった。 中軍は留守(るす)部隊として太原をまもった。 劉文静は突厥のハガン(ハガンとは君主のこと)のもとにおもむ... 続きをみる
女性をレイプして捕まった男性の犯罪者が、自分はトランスジェンダーの女性だ、と主張して女子刑務所に収監されたようです。これは、さすがに問題ではないでしょうか。自分は女性だと言えば今日から女性になり、男性だと言えば今日から男性になる。自分の意志で自由に性別を変えられる。これは、さすがに問題でありましょ... 続きをみる
『六朝と隋唐帝国 世界の歴史4』社会思想社、1974年 10 唐朝の建国 1 李淵(りえん)の挙兵 唐朝をおこした李淵は、父の祖先も、母の祖先も、北周の大官僚の家柄であった。 祖父の李虎は西魏のとき、すでに最高の官職にあり、李淵の母はおなじく最高の官にあった独孤信(どくこしん)の娘で、隋の文帝... 続きをみる
キリスト教的完徳は神の戒めを完全に守るに極まると雖も、「敵を愛せよ」と云う掟は神の聖意に近寄らしむるによって完徳の重[おも]なる基礎の一つであると云う事が出来る。 もし完徳に至る道を短くせんと欲するならば、注意して、神が「敵を愛せよ」との掟を以て特に我等に何を要求し給うかと云う事を探らねばなら... 続きをみる
父よ、み旨ならば、この杯を私から遠ざけてください。しかし、私の意のままにではなく、あなたのみ旨のままに。 ルカによる福音書 22章42節
第35 数多の人が神に背きしを悔まず、キリスト教的完徳を離れて、徳なく暮らしつつある理由 何故に人がぬるき心を以て眠り、身を罪に委ねて、徳を守るべき義務を省みず、これにいささかも力を出さずにいるかと云うに、その理由が種々あって、 重[おも]なるものは次の如くである。先ず人が我が身を省みず、その心... 続きをみる
ある人が、他人が不幸にあるのを知って、その不幸を和らげてやるために、両親から何かを盗みます。確かに、盗むよりも、両親に願った方がよいでしょう。もし両親が彼に施すのを断れば、かわって金持ちが施しをするように、金持ちにそういった気持ちを起きさせて下さいと神様に祈るのがよいでしょう。 聖ジャン・マリ・... 続きをみる
友情(好意の愛)の愛の密度は熱意である。神を神ご自身の故に愛する者は、すべての人々が神を愛するように努力する。なぜなら神はそれにふさわしい方だし、その意向を実現する方法をお考えになる。 聖マキシミリアノ・コルベ