(ボネ神父伝26) (b)鏡 - ある信者の思い出ぱなし

江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、26
第2部 回想への巡礼 療友のつづった思い出の記をたずねて
(b)鏡 - ある信者の思い出ぱなし
ボネ神父さまといえば、だれにもすぐ思いだされるのは、あの真白い頭と、白いやぎのようなあごひげで、それがどっしりしたからだに、とてもよく似合い、印象に残っています。
でも、わたしが亡きボネ神父さまのことを問われれば、やはり幼ないころの思い出でしょう。子ども好きな神父さまは、よくわたしたちをかわいがってくださいました。でも、悪いことをすると、あのグローブのような手でたたかれたものです一こういって神父さまのかつての小羊は、かれが、かぎりなく寛大でありながら、同時に、けっしてその小羊を悪のなかに放任することのない、キリストさながらのよい牧者であったことを、っぎのように物語りました。
ー いちばん古い記憶にのこっておりますのは、ミサ答えをしていたころです。小学1年ぐらいから、わたしたち15、6名の少年は、平日でふたり、日曜で4人、祝日には6人から10人、ミサ聖祭のお手伝いをしておりました。そのうちには、風雨の激しい朝もありましたし、また、道が凍ってすべるような寒い朝もありましたが、こんな日にゆきますと、「ああ、寒かったね」といってすぐひざの上に乗せられて、あたためていただいたものです・・・。
神父さまは、子どもばかりでなく、聖歌隊から青年、そして老人にいたるまで、よくかわいがられました。それゆえ、神父さまの霊的むすことして、司祭や修道者がたくさんできました。
しかし、神父さまは、けっして野放しにかわいがられたのではありません。きびしいところがありました。とくに聖堂内で不敬をするような子どもがあると、親の前だろうと、説教中だろうと、遠慮なしにしかりました。
あるとき、こんなこともありました。ミサがおわってから、例のように、信者のまえに立たれた神父さまは、突然不敬をしたものの名前をあげて、注意されたのです。そしてこのことは、その後もずっと続きました。
ミサ聖祭中神父さまは、信者に対してうしろ向きになっておられるのに、なぜだれが騒いだということをちゃんと知っておられるのだろう、とそのころは、みな不思議がり、気味悪がっていました。ところが、2か月すぎて、やっとわかったのです。
あの大きな祭壇の上には、ミサ典書や、ローソクや、色とりどりの花がたくさん飾られているのですが、そのすきまに、信者の側からはみえないようにして、なんとはがき大の鏡が、左右から信者のほうに向けておいてあったのです。このころでした、信者の行儀がとてもよくなったとたいへんよろこび、大声でわらっておられたのは・・・。
是非、フェイスブックのカトリックグループにもお越しください。当該グループには、このブログの少なくとも倍の良質な定期投稿があります。ここと異なり、連載が途切れることもありません。