カトリック情報(緊急避難ブログ)

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聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ

カトリック

『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ

◆、序

 偉人の生涯を述べるのは、たやすいことではありませんが、聖人の伝記となると、なおさらむずかしくなります。それは、聖人の生涯には自然的なことと超自然的なことが密接にまじりあっているからです。

 聖人たちは、わたしたちよりすぐれた生活をし、わたしたちを超越しているだけではありません。もし、それだけでしたら、世間一般の偉人のように「偉いなあ」と考えるだけですみます。

 本当をいいますと、かれら聖人たちも、わたしたちと同じような生活を送ったのです。一般の人が出会うようないざないや困難にも出会ったのです。それにしてもかれらは、そのいざないや困難に負けないで、神の恵みに支えられて模範的な英雄的な生活を送ってきたのです。この点において、わたしたちは、"かなわないなあ"と考えがちです。ところが聖人たちは、こんな考え方をゆるさないで、わたしたちを叱貴したり、励ましたりします。

 あの有名な大聖人アウグスティヌは、はじめは迷った生活をしていましたが、聖人たちのことを考えて、「この男性たちとこの女性たちにできたのなら、どうしてわたしにできないことがあろうか?」と自問していたのです。

 それぞれ異なる時代や民族、文化に属する聖人たちは、いろいろな環境の中にあって違った姿をみせています。しかし、みな同じ精神に生かされたのです。それは、キリストに対する愛です。この愛にもえて、ある人は若いときから、ある人は大人になってから、またある人は罪に流れた生活をやめて立ちなおりすばらしい手本をみせるようになりました。

 最近は教会の危機で、聖人たちの伝記を時代おくれと考える人がいます。この人たちの態度には、一つの間違った考え方がひそんでいます。

 すなわち、キリストはご自分に従うように呼びかけておられますが、キリストに従う道は十字架の道であるから、楽で、気ままな生活をしたいと思っている現代人にとって、それは不可能だという考えです。それで聖人たちは、かれらにとって"不便な人"であって、その伝記も読みたくないのです。それにしても、この"不便な人"はこの世の暗闇に輝くともし火となっていて、自分たちといっしょにキリストに従うようにと呼びかけつづけています。

 ここに紹介するのは、中世紀の聖人ではなく、現代の聖人です。その名をリカルド・パンプーリと呼びます。

 かれは医者として、体の病気を献身的に治療しましたが、より親密にキリストに従うために、聖ヨハネ病院修道会の修道士となり、キリストと同じ年令三十三才で帰天しました。こうしてかれは、肉体の医者であるよりも魂の医者であることを望んで、天国からこの治療を今もなお続けています。

 これから述べる伝記は、日本の教会にもその手本を紹介するためです。かれは特に若い人のためにりっぱな手本となっています。わずか三十三年間の生涯でしたが、高校時代にも大学時代にも皆の励ましとなり、学生たちを善の道に導いたのです。

 かれが属する病院修道会は渡来し、神戸市に社会福祉施設を開設し、恵まれない人々のために献身的に働いています。この聖人の手本に魅せられて、多くの若い人々が同じ献身的な道をたどりながら、キリストに従うことをわたしは祈ってやみません。

本書を編さんするために利用した史料。
1.33 anni con Dio「神と共に33年間」、アンジェロ・モントナティ著、ローマ1982年発行
2.San Riccardo Pamppuri「聖リカルド・パンプーリ伝」。
3.Un medico innamorato di Dio「神の熱愛省である医者」。
4.Testimonianze vive「生きた証言」
5.Frammenti di speranza「希望の光線」、聖リカルド・パンプーリの手紙と霊的日記からの抜粋、一年の毎日のため。
6.Osservatore Romano ヴァティカンの新聞、1989年10月29日の、カルディナル・ピロニオの記事
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