カトリック情報(緊急避難ブログ)

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1-5 テセウスのミノタウロス退治

カトリック

『古代ヨーロッパ 世界の歴史2』社会思想社、1974年

1 エーゲ海の発見 ――ホメロスをめぐって――

5 テセウスのミノタウロス退治

 ギリシア神話には、クレタ島を舞台として、おもしろい話があった。
 クレタのクノッソスには昔ミノスという王が君臨していた。
 彼は王になるとき競争者がいたので、海の神ポセイドンに、「自分が神々に嘉(よみ)されている証拠に、海から牡牛を出してください。そうすればその牡牛は神様に必ず捧(ささ)げます」と祈った。
 願いはかなえられ、立派な牡牛が海から出てきた。人々はこの奇瑞(きずい)に驚き、ミノスを王にした。
 ミノスはすばらしい牡牛を見て、それを殺して神々に捧げるのが惜しくなった。
 彼はその牡牛を自分の牛の群れに追いこみ、どれが海から出現した牛かわからなくなったといった。
 これを怒ったポセイドンは、ミノスの妃のパシバエに、この牛を恋させてしまった。
 牛を恋した妃は、自分の思いをどうにかしてとげさせてくれと、工人(こうじん)のダイダロスにたのんだ。
 創意工夫にとんだダイダロスは、木で牛の型をつくり、この中に妃をかくし、牝牛の皮をかぶせて、牧場においた。
 ポセイドンの牡牛は、これを本物の牝牛とおもった。
 こうしてパシパエは思いをとげることができたが、彼女は頭が牛で、からだが人間というばけものを生んでしまった。
 そのうえこのばけものは人間を食うのだった。このばけものは「ミノタウロス」とよばれた。
 この危険な怪物をほうっておけないので、ミノス王は、ダイダロスに、怪物をいれる建物をつくらせた。
 それは一度なかにはいると、出口がわからず、二度と外へ出られない複雑な建物だった。
 そのため「迷宮(ラビリントス)」とよばれた。
 あるときミノスの王子アンドロゲオスはアテネ市に行き、そこのお祭りで競技に参加して優勝した。
 ところが原因についてはいろいろにいわれるが、王子はアテネで急死した。
 ミノス王は、アンドロゲオスの優勝をアテネ人がねたんで、殺したのだと怒って、艦隊を率いて、アテネを攻めた。
 ところが勝敗がなかなかきまらないので、ミノス王はゼウスの神様に祈った。
 ゼウスはアテネ市に飢饉と、疫病(えきびょう)を起こした。
 これに困ったアテネ市は、ミノス王の条件をいれて和平することになった。
 アテネはミノタウロスへの人身御供(ひとみごくう)として、少年少女を七人ずつ、九年ごとにクレタに送るという条件だった。
 人身御供のくじに当たった少年少女の両親は、嘆き悲しんだ。
 これを見かねたのはアテネ王アイゲウスの王子テセウスだった。
 彼はくじを引かずに、自分から進んでクレタ行きに加わった。
 ミノス王の王女アリアドネは、アテネの王子テセウスを一目見ると、恋をしてしまった。
 彼女は迷宮の設計者ダイダロスにたのんで、迷宮から出る方法を教えてもらった。
 糸の一端を迷宮の入り口に結んだ糸玉を持って、ほどきながら迷宮にはいり、その糸をまきかえせば、また迷宮から出られると、ダイダロスは秘密を教えた。
 テセウスは迷宮でミノタウロスを殺し、アリアドネといっしょに船に乗って、アテネに逃げ帰った。
 この物語も、ギリシア人の神話伝説のひとつにすぎないと考えられていた。
 しかし、この物語にも、歴史的事実が反映していることが、だんだんにわかってきた。
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