ほめたたえよう 清いおとめ マリアを(聖エフレム)4-3

『ほめたたえよう 清いおとめ マリアを』聖エフレム原作、デルコル神父、江藤きみえ 共訳・編
◆4-3、救い主に関するイザヤの予言
第3考察 旧約時代の実現、マリア
聖エフレムは、うたいつづけています。
③ 〔神の〕示しをうけてイザヤが語ると、おとめたちはみな、〔知りたいという〕あこがれに、胸をふくらませて、ききいりました。
予言者のいう、この方はだれ?
どんなみぶんの人なのか?この不思議なできごとが、いつ、どこに、実現するか、と。
④ 予言者の声をきくと、おとめたちはみな〔心ときめき〕、その胸は、ふしぎな期待におののきました。それは、ヘブライの女性にとって、今までに、きいたことのない予言であって、「ひとりの処女がみごもる」という、このふしぎを耳にして、清いおとめたちの心は、乱れさわいだのです。
⑤ あのイザヤが、いつ、どこで、だれのことかと示さずに、「ひとりの処女がみごもる」とうたった予言は、高らかに、マリアの心にひびきます。それは、この予言の実現が不思議のなかにつつまれた、かの女のうちで実現したからです。
⑥ でも、予言者の示しをきいたおとめたちは、ちぢにみだれる心のうちに、ひとりの処女がみごもるというこの新しいできごとが、いつおこるのかと、思いまどっておりました。
つぎに聖エフレムは、旧約時代のすべてのシンボル、すべての予言と前じるしが、マリアにおいて、実現となり、事実となったことを、うたっています。
⑦ マリアにおいて、予言の書の、ふかい神秘にかくされたあらゆる意味は、あきらかになり、"正義の太陽"は、かの女によってのぼり、やみにあるよろずの国は、てらされました。
⑧ マリアは、ぶどうの木であり、この木から、かかれていたとおりに、ナザレの、あの不思議なこずえ"が、めばえでて、神秘なたとえに秘められたこの予言が実現するように、ナザレトの里に、はぐくまれました。-すべてが実現するために。
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