地獄に堕ちた将軍からの知らせ

マキシム・プイサン神父「地獄(第二の死と云われる永遠の滅び)」『煉獄と地獄』岸和田天主会教会、1925年
10、
余の祖父のモスクワ陸軍総督たる伯爵ロストフまたはその頃名高かったオルローフ将軍と非常にむつまじく交際して居った、ある晩オルローフ将軍は友人の某将軍と晩餐を共にしたが、食後四方山話の末、互に地獄の存在と云う事で話し合い、激しく反対したがその結果
「どちらか先に死んだ者がそれを知らせに来ることにしようではないか」
ということになってその言葉を真面目に誓い合った。
それから数週間後、未だ余の祖父が手水を使って居る中に、荒々しく部屋の戸をあけ、オルローフ伯が来たのである。伯は寝衣のま樫で頭髪は逆って死人の様に青白い顔をしていた。
「おや君か、今時分どうしたのだ......何が起ったのだ」
と祖父が尋ねると伯は
「余は気が狂った、某将軍を:.・・・」
と云って両手で頭を押さえ付けるようにしながら長椅子にもたれかかった。そして激する感情を押さえながら
「君......僕は先日某将軍と誰でも先へ死んだ者が果して後世に何事があるかを知らせに来る事を誓ったのだ、すると、今朝今から約三十分程前、突然余の寝台のたれ幕がにわかにす1つと両方に開いて某将軍が目の前に立った。青い顔そして、右の手を胸に当てて、余に向かって「地獄は存在する......余は地獄に落ちた」と云って消えてしまったので余は驚いて、すぐ君に知らせに来たのだ。如何してよいかわからない、実に恐ろしい。」
と云って、全く絶望した如く落謄しているから祖父はいろいろと慰めながら、オルローフ伯を邸へ帰して休息させた。
その後十日程たって余の祖父の許へ戦地から某将軍の戦死の知らせが入った。オルローフ伯がモスクワで某将軍に地獄の存在を聞いた時と同じ時刻に将軍は死んだのである。
「地獄は存在する、余は地獄に落ちた」
これが地獄から戻った人の言葉である。
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