6-1-1 唐の大乱の主役
『宋朝とモンゴル 世界の歴史6』社会思想社、1974年
1 唐の大乱の主役
1 街頭の講談

挿絵は黄巣、唐の滅亡に繋がる反乱を起こす
「三七(さんひち)二十一、由の字の頭が出ず、脚は八方の地をふみしめる。果の頭には三つの屈折。」
高座の上で、尹常売(いんじょうばい)という講談師が語りはじめると、聴衆はどよめいた。
ときは宋代、ところは都の開封(かいほう)の盛り場のなかである。
盛り場では、いつも民衆のよろこびそうな娯楽がもよおされ、たいへんなにぎわいを見せていた。
そうした催しものの一つに講談があった。
尹常売(いじょうばい)は、その講談のなかで歴史ものを語った。
歴史といっても、古い時代の話ではない。
宋代のすぐ前、五つの王朝が興亡した時代、つまり五代の話である。
さて「三七、二十一、由の宇の頭が出ず、脚は八方の地を……」というのは、「黄」という字を分解したものである。
つぎの「果の頭には三つの屈折」というのは、「巣」という字をしめしている。
つまり、いわくありげな語り出しは、「黄巣(こうそう)」という人物の名をあげたわけなのであった。
「貝辺戎(ばいへんじゅ)、中国を乱す。青にあらず、白にあらず、赤にあらず、黒にあらず。」
これもまた、クイズのような語り口である。
貝ヘンに戎のツクリといえば、それは「賊(ぞく)」という字になろう。
青でも白でも、赤でも黒でもない、というのは、昔からの五行の思想にもとづいている。
五行の思想では、さまざまの現象がとりあげられ、それぞれ、東西南北および中央に配される。
相撲(すもう)の四本柱(房)の色も、これによったものであった。
ところで「五色」のなかから、青白赤黒をとってしまえば、のこるのは「黄」である。
そして黄色の方角は「中央」である。
こう考えてくれば、さきの「貝辺戎……」は、つぎのように解されるであろう。
賊が中国をみだした。
それは黄、つまり黄巣(こうそう)であった。
しかも黄は中央の配色なるゆえ、やがて中国の中央にいることになる。
そのころの中国は、唐の時代であった。
中央つまり都は長安である。
黄巣はやがて長安の都を占領する、
こうして尹常売の講談は、ふくみをもたせた表現をつかいつつ、たくみに聴衆の関心をひきよせ、唐末の動乱から五代へと話をすすめていったのであった。
ここにあらわれた黄巣(こうそう)は、唐末に大反乱をおこした主人公である。
歴史をみると、なにも皇帝や宰相だけが主役を演じてきたわけではない。
皇帝や宰相でなくとも、その何人分もの、あるいは何十人分もの活躍をしめし、後世に大きな影響をあたえた入物がすくなくない。
黄巣は、まさしくそうした人物であった。
「金色の蝦蟆(がま)が目をむいて、曹州(そうしゅう)で反乱をおこしたら、天下がひっくりかえった。」
長安の都の子どもたちは、わらべ歌のようにして、こんな歌をうたっていたという。
金色は黄に通ずる。金色のガマとは、黄巣のことである。
それが反乱をおこして、天下がびっくりかえった。
まさしく唐の天下は、くつがえったのであった。
それでは、このような大乱は、なぜおこったのだろうか。

1 唐の大乱の主役
1 街頭の講談

挿絵は黄巣、唐の滅亡に繋がる反乱を起こす
「三七(さんひち)二十一、由の字の頭が出ず、脚は八方の地をふみしめる。果の頭には三つの屈折。」
高座の上で、尹常売(いんじょうばい)という講談師が語りはじめると、聴衆はどよめいた。
ときは宋代、ところは都の開封(かいほう)の盛り場のなかである。
盛り場では、いつも民衆のよろこびそうな娯楽がもよおされ、たいへんなにぎわいを見せていた。
そうした催しものの一つに講談があった。
尹常売(いじょうばい)は、その講談のなかで歴史ものを語った。
歴史といっても、古い時代の話ではない。
宋代のすぐ前、五つの王朝が興亡した時代、つまり五代の話である。
さて「三七、二十一、由の宇の頭が出ず、脚は八方の地を……」というのは、「黄」という字を分解したものである。
つぎの「果の頭には三つの屈折」というのは、「巣」という字をしめしている。
つまり、いわくありげな語り出しは、「黄巣(こうそう)」という人物の名をあげたわけなのであった。
「貝辺戎(ばいへんじゅ)、中国を乱す。青にあらず、白にあらず、赤にあらず、黒にあらず。」
これもまた、クイズのような語り口である。
貝ヘンに戎のツクリといえば、それは「賊(ぞく)」という字になろう。
青でも白でも、赤でも黒でもない、というのは、昔からの五行の思想にもとづいている。
五行の思想では、さまざまの現象がとりあげられ、それぞれ、東西南北および中央に配される。
相撲(すもう)の四本柱(房)の色も、これによったものであった。
ところで「五色」のなかから、青白赤黒をとってしまえば、のこるのは「黄」である。
そして黄色の方角は「中央」である。
こう考えてくれば、さきの「貝辺戎……」は、つぎのように解されるであろう。
賊が中国をみだした。
それは黄、つまり黄巣(こうそう)であった。
しかも黄は中央の配色なるゆえ、やがて中国の中央にいることになる。
そのころの中国は、唐の時代であった。
中央つまり都は長安である。
黄巣はやがて長安の都を占領する、
こうして尹常売の講談は、ふくみをもたせた表現をつかいつつ、たくみに聴衆の関心をひきよせ、唐末の動乱から五代へと話をすすめていったのであった。
ここにあらわれた黄巣(こうそう)は、唐末に大反乱をおこした主人公である。
歴史をみると、なにも皇帝や宰相だけが主役を演じてきたわけではない。
皇帝や宰相でなくとも、その何人分もの、あるいは何十人分もの活躍をしめし、後世に大きな影響をあたえた入物がすくなくない。
黄巣は、まさしくそうした人物であった。
「金色の蝦蟆(がま)が目をむいて、曹州(そうしゅう)で反乱をおこしたら、天下がひっくりかえった。」
長安の都の子どもたちは、わらべ歌のようにして、こんな歌をうたっていたという。
金色は黄に通ずる。金色のガマとは、黄巣のことである。
それが反乱をおこして、天下がびっくりかえった。
まさしく唐の天下は、くつがえったのであった。
それでは、このような大乱は、なぜおこったのだろうか。
