地獄について この無視された真理 ◆1、異端説を教える現代の人

『地獄について この無視された真理』アロイジオ・デルコル神父、22
★3、現代教会の歴史から
◆1、異端説を教える現代の人
以上は、古代の教父たちのわずかな例にすぎないが、この伝統的な教えは、あとで疑いもなく尊重され、いつも教会において認められている。
最近になっで、超進歩的な神学者たちは、悪魔にだまされ、傲慢にも、キリストご自身の教えをゆがめ、悪魔も地獄もないなどと教えはじめてきた。かれらはこういう、すなわち、〔1960年ごろ、あるカトリックの雑誌に出た記事にあったこと〕地獄についてのキリストのことばを文字週りに解釈するのは、幼稚なことである、キリストが地獄の話しをしたのは、当時の文化程度のひくい人をおどかすためであって、キリストご自身地獄が永遠であることを教えるつもりはなかったとこの人は書いていた。その記事を読んだ東京のある信者は、その記事をあやしいと思って、主任司祭に知らせた。主任司祭はすぐにその力トリック雑誌の編集部に電話して、なぜそのような記事を出したかと強く非難した。すると、編集部長のシスターは、"どこが悪いか?"と答えたそうである。
じじつ、この記事を書いたのは、上智大学の神学博士号をもっている一司祭であることがわかった。その司祭の学者ぶった態度で正しい信仰をうらぎったといわねばならない …… しかし、編集部長のシスターも、シスターでありながら、あの学者ぶった司祭に対して劣等感を感じて、そのため自分の信仰をうらぎったのである。これこそ、はずかしい大変な無知無学である。
最近もいろいろな所で同じような異端説を平気で教える司祭が日本の教会にもいく人かいる。やっぱり、悪魔は、かれらの知恵をこれほどうまく、くらましたのである。
かれらがこうするのは、現代人の感受性を傷つけないためであるといっている。そのために聖書についてよく話しても、自分勝手なところだけを強調する。すなわち聖書の中から神の無限のあわれみを目立たせる箇所を好んで紹介するが、神の無限の正義と関係あるところをぬかしたり弱めたりする。しかし、「イエズス・キリストは、昨目も今日も世々に同じである」(ヘブライ13:8)。
イエズスは、人間の耳にききづらいことを弱めたり、かくしたりすることがなかった。ファティマで出現なさった聖母も、地獄のことを明らかに教え、その恐ろしい場面を3人の牧童にはっきりと見せられた。教会の歴史をしらべると、聖人たちも同じように地獄のことを明らかに話した。それは、おとなだけではなく、子どもたちにもである。
聖霊は四終(死、審判、天国、地獄)について、こうおおせられる、「あなたの四終を思い出せ、そうすれば永遠に罪を犯さないだろう」(シラの書7:36)と。
それで、ここに、ファティマでの地獄の出現も、聖ドン・ボスコがみた地獄の出現も加えることにする。