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志村辰弥神父著『天国について ー カトリック教会の教え』、1

カトリック

志村辰弥神父著『天国について ー カトリック教会の教え』

 天国というものが実際に存在しているでしょうか?たんなる”おとぎばなし”ではないでしょうか?いいえ、それは確実に存在しているということがわかります。なぜなら真理そのものである、あやまることのできない神のみことばが明らかにそのことを断言し、わたしたちの理性もそれを要求しているからです。

◆ 著者略歴

 志村辰弥1904年誕生、1933司祭叙階、1934年ローマ・ウルバノ神学大学卒業 主著「ルルドの出来事」「聖地巡礼2週間」「この事実を何と見る(神と霊界との探求)」「聖書による予言と奇跡」上記の姉妹編「命をたいせつに」「カトリック生活の手引」現在(投稿者注 この著書の発刊時)東京カテドラル大聖堂勤務 司祭のマリア運動会員 ブルー・ア一ミー(反共世界平和連動)

◆ 天国について

 天国という言葉をよく耳にしますが、実際に天国は存在するものでしょうか?聖書の中には、たびたび天国の話があります。でも天国がどんなものであるかは、くわしいことが記されていません。ただ、天国では、すべての幸福があり、神をベールなしに、ありのままに見て、神の光りに照らされ、この上もない喜びを感じる、とだけ記されています。でも、具体的にはどんなものかについては明らかではありません。使徒聖パウロは、まだ地上に生きていたとき天国におげられたと、聖書にしるされています。かれは、そこで、「人に話してはならない、いいつくせない言葉を聞いた」(IIコリント12・4)と述べています。話してはならないというのは、話そうと思っても、地上の人聞には理解できないから曹いあらわせないという意味です。

 また、かれは天国について、こう書いています、「目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心にまだ思い浮べることすらできない幸福を神はご自分を愛する人々のために準備されたとわたしは告げているのである」

 この聖パウロの言葉は、旧約聖書のイザヤ予言書(53・3)と、イエレミア予言者(3・16)にも出ているので、全聖書が天国のすばらしさを示していることがわかります。

 聖人たちもみなこぞって、.天国では、すばらしい報いがあると、いくたびもくりかえしています。では、その中でアッシジの聖フランシスコの苫葉に注意してみましょう。「わたしが待っている天国の幸福があんなにもすばらしいので、それを得るために地上で受けるどんな苦しみも楽しみになります」と。
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