(ボネ神父伝10)◆4、最初の布教地・奄美大島
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、10
第1部 選ばれた一粒のたね ある宣教師の生いたちと布教
◆4、最初の布教地・奄美大島
「神父さま!」
「はああーい!」
ある朝、皿をふきふきおばさんが食堂にはいってきました。
「今、Kさんが、神父さまは大島へいらっしゃるといいましたけど、それほんとうでございますか?」
司祭は、よみかけの新聞をテーブルの上におくと、まじめな顔をして答えました、
「さようで、ご・ざ・そうろう」。
「まあ!」
おばさんは、あいた口がふさがらないといった様子をしていましたが、たちまちこみあげてくるおかしさに、がまんできなくなってお腹をかかえて笑いだしました。1年あまりのあいだ養ってきたこの無邪気な青年司祭におそろしいハブの住む大島にゆくのかとおどろいてたずねるおばさんに、かれは、やっとおぼえたばかりの最上級のことばで答えたのです。
「でも神父さま、わずか2年そこらでこんな日本語までおぼえておしまいになるなんて、たいしたものでございますよ!」
おばさんは笑いながらも、つくづく感心していましたが、かの女のおどろきは無理もありません。宮崎にきて以来・ボネ神父さまの日本語熱は、涙ぐぼしいほどだったのです。かれは、宮崎の教会で助任司祭をつとめながら、もう1年間みっちり日本語の勉強をしたのです。
「きっと神父さまのおじょうずな日本語は、これからのご活躍にたいへん役だちますよ」。
そういって、おばさんは、神父さまに特別上等のコーヒーを入れてさしあげました。それから数日たったある日のこと、かれは淡い糸のような煙を残して走るあやしげな汽船の甲板に立っていました。宮崎から大島への道は、際限なくつづく銀色の海と、その上に広がった青い空と、2年前あの聖母山の下を通って、はじめて日本へ出航した日の思い出が、きのうのようによみがえってくる旅でした。明るい太陽の下で、透明な青味をたたえていたマルセーユの海と、今この目の前にギラギラ反射している重苦しい南の海とは、まったく違った感じがする……それでもやはり、おなじ一つの空につつまれているのではないか!そう考えながら、かれは、まるで見はてぬ夢を追うかのように、じっと水平線のかなたをみつめていました。