(ボネ神父伝16)◆4-7、最初の布教地・奄美大島
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、16
第1部 選ばれた一粒のたね ある宣教師の生いたちと布教
◆4-7、最初の布教地・奄美大島
「主よ、もしあなたがこの島の人たちをおあわれみになって、わたしをここへおつかわしになられたのでございましたら、どうぞ、そのしるしとして、この人から悪魔を追いださせてください。でも、しるしは、けっしてわたしのためではありません。かれらがあなたのみわざをみて信ずることができるためでございます」。
熱心で純粋な祈りが、どうしてデリケートな神のみ心を動かさずにおきましょう。
祈ったあとで神父さまは、青年のほうへ向きなおると今では絶望的にあれ狂う悪魔に声高く命じました。
「わたしは、キリストのみ名によってなんじに命じるサタン、この人から出よ」。
それは、みながアッと息をのんだほど大きな声でしたが、その声をきくと、くだんの青年は、ろうのように蒼白になり、突然地にたおれふして、死んだようになりました。
家族のものは、死んだのではないかと心配しましたが、神父さまは、準備した水をとって、青年の上にかがむと「わたしは、父と子と聖霊とのみ名によってあなたを洗う」といいながら、静かに洗礼をさずけました。神的生命をそそぎながら、青白いひたいのうえを流れて一滴二滴祝された水が地におちてゆきました。そして、みんなの真剣な視線を集めたまま、息づまるような数秒間がすぎましたが、やがて司祭がていねいにそのしずくをふきとると、白いハンカチの下から赤い血の色のさしはじめた、いきいきとした顔があらわれてきたのです。
青年は、長い夢からさめた人のように、パッと目をひらくと、元気よく立ちあがり、不思議そうにあたりを見まわしました。ああ!このときには、もう、まったく以前のおとなしい善良な青年になっていました。その後H家の人々が、ひとり残らず熱心な求道者となったことは、いうまでもありません。まもなくかれらは、こぞって受洗し、その後大島教会の重要な親石となりました。
また、この事実を知った人々が少しずつ教会をおとずれるようになり、さしも困難をきわめた伝道も、その糸口をえて、神父さまの苦労もようやく実りはじめることとなりました。なぜなら、百聞は一見にしかずといわれているように、しるしを求める人々にとって、これは神の存在を認めるための、力強い、ひじょうに楽な証明だからです。もし奇跡を魔術か睡眠術だといって笑いたくなったら、この宇宙の立法者たる神のみ自由に自然の法則を変えることに注意しましょう。
このように悪魔もやはり神の権力のしたにあるので、かれらがいかにじゃまをするつもりでも、かえってそれが神のご計画の道具となってしまいます。こうして悪魔までも、その意志とは反対に、救いに利用されているという事実が、ボネ神父さまの宣教のなかには、まだいくつでも伝わっています。