根本的な解決法 教皇ピオ11世
根本的な救治策は、今日においても、教会史上もっとも激しい嵐のおこった時代と同じように、キリストに属することを光栄としている人たちが、福音の原理にしたがって、公私の生活をまじめに改新し、真に地の塩となって、人間の社会が完全に腐敗するのを防止することである。 教皇ピオ11世「救治と手段」『ディヴィニ・... 続きをみる
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根本的な救治策は、今日においても、教会史上もっとも激しい嵐のおこった時代と同じように、キリストに属することを光栄としている人たちが、福音の原理にしたがって、公私の生活をまじめに改新し、真に地の塩となって、人間の社会が完全に腐敗するのを防止することである。 教皇ピオ11世「救治と手段」『ディヴィニ・... 続きをみる
聖ビルジッタ修道女 St. Birgitta Vid. 記念日 7月23日 聖女ビルジッタはスエーデンのフォルクングス王室の親戚に当たる、信仰深い両親の第五子と生まれた。子供達はいずれも敬神の念に篤かったが、ビルジッタはわけてもつつましく育てられ、幼時すでにキリスト及び聖母の御... 続きをみる
主が自分の霊魂に宿って、あらゆる汚れや不浄を洗い浄め、野獣に襲われないように守ってくださるよう、主に祈り、嘆願する習慣のついていない霊魂は不幸である。そのような霊魂は悪い霊魂である・・・。 大聖マカリオス
聖アレクシオ証聖者 St. Alexius C. 記念日 7月17日 15世紀のことである、病者、殊に精神病者の救済並びに寄る辺なき死者の埋葬等に尽くすのを目的とする一新修道会が創立され、会則にはアウグスチノ会の戒律を用い、保護の聖人には聖アレクシオを仰いでアレク... 続きをみる
聖マリア・マグダレナ St. Maria Magdalena 記念日 7月22日 聖福音書中に記された聖女中、主の御母を除けばマリア・マグダレナほど人口に膾炙している人はあるまい。それではその生涯の事跡はどうかと言えば、ほとんど明らかに知られていないのである。そかしただ聖書... 続きをみる
弟子は師にまさるものではなく、僕は主人にまさるものではない。弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はもっとひどく言われることだろう。 マタイによる福音書 10章 24-25節
ブリンディジの聖ラウレンチオ司祭教会博士 St. Lawrence de Brindisi 記念日 7月21日 ラウレンチオは1559年イタリア南部のブリンディシで生まれ、16歳の時カプチン会修道院に入り、パドアで司祭となった。当時は、16世紀の宗教改革の時代であったので、ラウレンチオは中央... 続きをみる
前述のように諸事項の決定については控えめに、もしくは言葉少なに話すことが役立つのに対し、人々に霊的利益をもたらすためには、じっくりと長く、順序だって、愛深く、愛情をこめて話すことは助けになる。 聖イグナチオ・ロヨラ 「トレントへ派遣した三神父への指示」『書簡1:386-389』1546年 是非、フ... 続きをみる
聖アルセニオ修道士 St. Arsenius 記念日 7月19日 アルセニオは。世界中で最も有名な教師の一人であった。助祭としてローマにいた時、ダマソ教皇は皇帝の子供達の教師として彼を推薦した。アルセニオは金銭、召使い、名誉、財宝などに恵まれて10年間過ごしたが、「すべてを... 続きをみる
聖マルガリタおとめ殉教者 St. Margarita V. M. 記念日 7月20日 聖会にはマルガリタと呼ばれる聖女が幾人かあるがその最も古くして他の人々に宗家と仰がれているのは、本日祝う聖マルガリタ童貞である。ギリシャ正教会ではこの聖女を大殉教女と敬称し、またわがロー... 続きをみる
聖ボナヴェントゥーラ司教教会博士 St. Bonaventura Ep., Doct. Eccl. 記念日 7月15日 聖トマス・アクイナスと共に公教神学界の双璧と称えられる聖ボナヴェントゥーラ、彼の遺した偉大な足跡は中世紀はもちろん現代までもなお燦然たる光輝を放っている。この二大学者はその... 続きをみる
聖カミロ・レリス司祭 St. Camillo de Lellis 記念日 7月14日 1550年イタリアのナポリで生まれたカミロ・レリスは気の短い男であった。ローマの病院で労働者として働いたが、乱暴な行いとばくちのために追い出されて兵士となった。当時ベネツィアはトルコ... 続きをみる
聖ハインリッヒ皇帝 St. Henry 記念日 7月13日 ハインリッヒはドイツのレーゲンスブルク市で、972年に生まれ、幼い時から同市の司教、聖ウォルフガングから王侯の義務、権限、謙遜、神への畏敬などを学んだ。 1002年、いとこのドイツ皇帝オットー3世のあとを継いで皇帝と... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 11 巨人の積み石遊び――巨石記念物―― 2 ストーンヘンジの謎 しかし、もちろんストーンヘンジは巨人たちが遊んだなごりではない。 それでは何であったのだろうか。どういう目的のために造られたものであったのだろうか。 そしてどのようにして... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、41 第3部 永遠への出発 ◆、1 おわりにあたって むかし、絶世の美人が、かの女の美貌をむしばんでゆく歳月をうらんで、あの有名な歌をよみました。 「花の色は 移りにけりな いたずらに 我が身世にふる ながめせし間に」。 わずかの出費を惜しんで文化生活を尻... 続きをみる
わが主は「何にてもあれ、わが名によりて聖父に願うところのものは与えらるべし」と申されました。しかし、私共は、神様に御独子を願うことまでは思いつかなかったでしょう。ところが、神様は人間が夢想だにできないことをされたのです。人間が言うことも考えることもできないこと、決して敢えて望むこともできなかったこ... 続きをみる
聖ベネディクト修道院長 St. Benedictus, fundator O.S.B. 記念日 7月11日 大聖ベネディクトは始めて修道会戒律中に共同生活に関する規定を設けた人で、世に修道会の始祖と称せられる。もっともこれより先聖アントニオも既にエジプトで諸々に散在する山修士隠遁者等を... 続きをみる
11 巨人の積み石遊び――巨石記念物―― 1 巨石記念物 西ヨーロッパのだいたい海岸沿いに、北はスカンディナヴィア半島からデンマーク、北ドイツ、イギリス、フランス、南はイベリア半島のスペイン、ポルトガル、地中海のコルシカ島にまでおよんで、「巨石記念物」とよばれる巨石の建造物の遺跡がひろく散在して... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、40 ◆、衰弱 もし愛がぎせいの代価なしにえられるものでしたら、神父さまのご生活は、なんの感激もよろこびもなかったはずです。あの真夏の太陽のように陽気でらいらくな神父さまにも、その明るさに匹敵するだけの暗い影として、苦労のつきまとうていたことを、わたしは知っ... 続きをみる
イエズス様、おお、イエズス様、強い力で私をあなたに結びつけようとするこの魅力は何でしょう?私の胸で鼓動するのはあなたなのですか?何という愛の力!でも、なぜ私の貧しい魂がこの肉体の牢獄から天国を目指して飛び立ち、あなたのもとに行かないのでしょう?もう耐えられません。毎朝、あなたの声を聞くとき、とても... 続きをみる
ゴルクムの聖殉教者 Sts. Martyres Gorcomienses 記念日 7月10日 オランダはもとドイツ帝国の一部で、それからスペインの領土となったが、その頃住民の一部はカルヴィンの異端に迷わされ、国の独立を計って反乱を起こした。これは政治上の争いでもあり、同時に宗教上の... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、39 ◆、わたしのおかあさん また、神父さまはひじょうに愉快なかたでもありました。これは、Yさんというおばさんから聞いたお話でしたが、神父さまは、おばさんの家に写真をもってくると、「おばさん、わたしのおかあさんの写真をみせてあげようか?」といいました。 お... 続きをみる
あなたは、天国に行くのがうれしいか? とお尋ねになりましたね。もし行かれるなら、とてもうれしゅうございます。でも・・・私は病気を当てにしていません。病気という案内人は、グズグズしていすぎます。私が当てにしているのは、愛だけです。どうか、私のためにしてくださる皆さんのお祈りがみな、私を燃しつくすべき... 続きをみる
聖ヴェロニカ・ジュリアニ修道女 St. Veronica Giuliani Virg 記念日 7月9日 1660年イタリアのウルビノで生まれたヴェロニカ(本名はウルスラ)は、幼い時から修道院に入りたいと望んでいたが、父のフランシスコは大反対で、よい夫を選んで早く結婚させようと計画して... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、38 ◆、告白 ボネ神父さまのことで、忘れることのできないもうひとつの思い出は、新田原に行って、はじめて告白したときのことでした。神父さまが、最後にご自分のひざを「パーン」とたたかれると、「よし、行け、ゆるすじゃ」といわれたのには、びっくりいたしました。それ... 続きをみる
しかしながら、愛徳が公正真実であるためには、いつも、正義を念頭におかなければならない。使徒は、われわれに、隣人を愛する者は律法を完了した者である、と教えている。そして、その理由を説明して、次のように述べている。「姦淫してはならない、殺してはならない、盗んではならない、偽証してはならない、このほかに... 続きをみる
聖プロコピオ殉教者 St. Procopius M. 記念日 7月8日 プロコピオは非常に厳しい苦行の生活を送っていたので、彼の同時代の教会歴史家エウゼビオは、「彼は死人のように衰えたが、神の言葉を読んで霊魂に大きな力を与えられ、体も回復した」と伝えている。プロコピオは、ほとんどパンと... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 10 幻の帝国の再現――ヒッタイト帝国―― 3 ヒッタイトの王たち ボガズキョイでたくさんの粘土板を発掘したのは、ドイツ人のフーゴー・ヴィンクラーだった。 彼はボガズキョイの発掘をするまえに、シドンの近くで発掘をしたこともあり、アッシリア... 続きをみる
創造主なる救い主は、万事につけて、つねに祝せられ、たたえられますように。この無限に寛大な神から、あらゆる善と恵みはあふれ出るのです。どうか主なる神が御あわれみの泉を日ましに開かれて、あなたがたに与えられた賜物をますます豊かに与えつづけてくださいますように。私は、いつでも賜物を与えようと御手を広げて... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、37 (c)女性とボネ神父さま 神父さまは、青年をことのほか愛されましたが、女性とのお話は最少限度に遠慮しておられたようです。しかし新田原にこられてからは、患者にたいするやみがたいいつくしみが、性の別をこえて、あらゆる人々にあふれ出てゆきました。 では、あ... 続きをみる
聖エセルブルガ St. Ethelburga 記念日 7月7日 イギリスの東アングルの王女であったエセルブルグは、幼い時から修道女になることを望んでいた。彼女の姉セクスブルガはケントのエルコンベルト王に嫁いで非常に王を感化した。 福者ベーダによると、エルコンベルト王は国中に... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 10 幻の帝国の再現――ヒッタイト帝国―― 2 姿をあらわすヒッタイト帝国 「アマルナ文書」は、ヒッタイト帝国再現の手がかりの重要なもののひとつであったが、もちろんこれひとつで、すぐにすべてがわかってしまったわけではない。 ちょうど絵合わ... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、36 これだ!じつにいいことばじゃないか、このような当意即妙は、大悟者か大愚者でなければできないことだ。 変なところで悟りの開け青年は、その日一日、碧巌録の一章をかなぐり捨てて、このことばを吟味すると、あらためてマリアさまのご像を眺めました。この日以来青年... 続きをみる
わが主が使徒等に日うた最初の御言葉は「行きて教えよ・・・」でありました。 聖ジャン・マリ・ヴィアンネ
聖マリア・ゴレッティおとめ殉教者 St. Maria Goretti Virgo M. 記念日 7月6日 マリア・ゴレッティは、20世紀の聖アグネスとも称せられているが、これは何も彼女が生前アグネスと名のっていたからとか、またアグネス同様イタリア人であるからという訳によるのではない、彼女... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 10 幻の帝国の再現――ヒッタイト帝国―― 1 アマルナ文書 それは、ナイル川の東岸のテル・エル・アマルナ部落の近くのことであった。 外国人たちがやってきて、地表をしきりにさがしまわったり、近くになにか遺跡のようなものはないかなどと、百姓... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、35 ◆、 天使の声と改宗者(O氏の思い出にきく) 昭和20年の、ある初夏の朝、そぼ降る小雨のなかをつっきって1台の小型タクシーが、美しい新緑の並木につつまれた療養所のまえにとまりました。 やがて、にぎやかに出迎えた修道女たちのあたたかいことばに迎えられな... 続きをみる
永井隆『泣く人』(著者はカトリックの医師・医学者、長崎で被曝) 母を亡くした者が不幸に感ずるのは、慰めてくれる人がなくなったからではあるまいか? 多くの大人が思い出す子供のころの幸福の本態はなんであったろう? 他愛もない遊びだったろうか? 他愛もない遊びなら、大人も盛んにやっている。おやつにい... 続きをみる
聖アントニオ・マリア・ザカリア司祭 St. Antonius Maria Zacharias C. 記念日 7月5日 1503年イタリアのクレモナで、ザカリアと名乗る身分の高い青年が世を去った。彼はまだ若かったが既に妻帯の身で、妻は彼より更に若く、なお少女と言えるほどの年頃であった。二人の間... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 9 殷王朝の都を求めて――殷墟の発掘史―― 8 早期殷文化の発見 中華人民共和国が発足すると、早くも翌一九五〇年には考古研究所が設立された。 これは中国科学院に属し、考古学の国立の中央機関として設けられたものである。 それとともに、政府... 続きをみる
しかしながら、この霊的復興の仕事に関しては、なすべきことがたくさん残っていることを、率直に認めなければならない。カトリック教国においてさえ、いわば名ばかりのカトリックにすぎない者があまりにも多い。かれらのうち、あまりにも多くの人は、信ずるのを誇りにしている宗教のもっとも本質的な務めは多少忠実に果た... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、34 ◆、西洋鍾馗(ある青年の思い出) -ボネ神父さまのご逝去!-3 「やるか、さあ来い!」と気合いをかけて、ボクシングのまねもする神父さまでした。むしゃぶりついてゆくと、リュウマチの神父さまは、よたよたとして「こらやるか、神父殺せば、大罪じゃぞ」と巧妙な牽制... 続きをみる
ポルトガルの聖エリザベト王妃 St. Elisabeth Portugalliae Vid. 記念日 7月4日 ポルトガルは今でこそ共和国になっているが、しばらく前までは王国で、その王妃の中から本日語らんとするエリザベトの如き聖女を出だした。これは同国に取って大いなる名誉と言わねばならぬ... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 9 殷王朝の都を求めて――殷墟の発掘史―― 7 戦火に追われて すでに日本は一九三一年の九月、東北地方(満州)に兵を進めて、これを占領し、あくる三二年三月には「満州国」を建設していた。 その元首にむかえられたのが、宣統廃帝溥儀(ふぎ)であ... 続きをみる
国家を、あらゆるものが従属させられ、誘導されなければならない目的のようにみなすときは、諸国民の真の恒久的な繁栄はそこなわれるだけであろう。そのようなことは、国民、民族、種族、社会階級などの受託者とみなされている国家に無際限な権限を賦与するとき、あるいは、国家が絶対主となって、どんな種類の依託からも... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、33 ◆、西洋鐘嬉(ある青年の思い出) -ボネ神父さまのご逝去!-2 いつかミッション会の総長さまが来日されたときのことでした。そのころ、すでに弱りかけておられた神父さまをごらんになった総長さまは、その労をねぎらうつもりで、神父さまに、フランスに帰らないかと... 続きをみる
使徒聖トマ St. Thomas Ap. 祝日 7月3日 「汝等行きて万民に教えよ!」 使徒達が主のこの御遺言に添うべく、思い思いに世界の各方面へ伝道旅行に赴いた中で、最も我が国に近い所まで来たのは聖トマであった。 彼は使徒の首領聖ペトロと同じくガリラヤ州の生まれでゲネサレ... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 9 殷王朝の都を求めて――殷墟の発掘史―― 6 殷の都城のなか 陵墓の発掘をひとまず終えた調査隊は、一九三六年の春から、ふたたび小屯において、住居址の発掘にしたがった。 こんどは前とちがって、徹底的にしらべようという。 一部分を発掘する... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 9 殷王朝の都を求めて――殷墟の発掘史―― 5 殷代の墓をほる 殷墟の遺跡は、墓でも住居でも、掘りすすめれば、すすめるほど、人々の驚きをそそっていつた。 それは、おびただしい人骨の出現であり、おそるべき人命の軽視であった。 一九三四年の... 続きをみる
教えを信ずることはできないと自称する人が、ある時彼の処にやってきて「宗教には私が信ずることのできないことがある」と言明した。 「たとえば、どういうことですか」と聖ヴィアンネに言った。 「たとえば、永遠の苦罰です。」 「宗教に関することは話さない方がいいでしょう。」 「何故、宗教について話さない方が... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、32 ◆、西洋鐘嬉(ある青年の思い出) -ボネ神父さまのご逝去! カトリック新聞にのった神父さまの写真をみていると、胸のなかを風のような寂しさがすっと吹き抜けてゆきました。 わたしはボネ神父さまによくあまえた患者のひとりで入院した最初の日から、シスターの診... 続きをみる
聖プロチェッソと聖マルティニアノ殉教者 記念日 7月2日 ローマのあるカタコンブの中に、聖ペトロがモーゼのように岩を打って、そこから水が流れ出る絵が描かれている。ペトロのそばには二人の兵士が立っているのが見える。この二人が洗礼を受けているのか、水を飲んでいるのかは、絵を見ただけ... 続きをみる
わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。 マタイによる福音書 7章 21節
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、31 ◆ モン・フィス(ある神学生の記)-2 このような訪問をくり返してくださったある日、わたしの笑顔に安心なさってか、神父さまは、ほかの男の患者によくされる抱擁を、わたしにもしようとなさいました。あのやすりのようなおひげのほおずりで、相手の痛がるのをみてよ... 続きをみる
聖シメオン・サールス St. Simeon Salus 記念日 7月1日 シメオンは、29年間シナイの砂漠で苦行の生活を送っていたが、故郷のシリアのエメサへ帰って浮浪者たちの世話をすることを決心した。彼の持論は「真に謙遜になりたければ、屈辱を愛さなければならない」ということであった。... 続きをみる
聖霊に導かれている信者は苦もなく、この世の富を捨て去り、天国の富に向かって走り行きます。彼は差別をすることができるのです。丁度、私の眼が、教会の扉が閉まっているときには、あの壁の向こうを見ることができないように、世俗の眼は、この世の生活以上のことが見えません。信者の眼は永遠の天国の奥まで見るのです... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、30 ◆、モン・フィス(ある神学生の記) 神父さまは、この新田原で、ただひとりの神学生であったわたしに、「ミノー」「ミノー」と、ほえるように呼びながら、じつに親しげなまなざしを注いでくださいました。 しかしわたしは、あまりに消極的で、狭量な性質でした。それ... 続きをみる
ローマ教会最初の聖なる殉教者たち 記念日 6月30日 ローマ教会の栄光、使徒聖ペトロ、聖パウロの殉教を祝ってから、今日当時のかずかずの殉教者たちを祝う。64年にローマで大きな火事があったが、ネロ皇帝はその責任を問われないために、キリスト信者の放火だときめつけて恐ろしい迫害をはじめ... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 9 殷王朝の都を求めて――殷墟の発掘史―― 3 ふたりの学者 羅振玉(らしんぎょく)は日本に、何人かの友人をもっていた。 そのころ京都にも帝国大学が設立され、文科大学(いまの文学部、明治三九試置)には内藤湖南や狩野直喜、小川琢治らが、教授... 続きをみる
尊敬すべき兄弟たち、諸国民の救いは、外的な手段や、つるぎによってもたらされるものではない。つるぎは、平和の条件を押しつけることはできるが、平和を創造しはしない。地のおもてを一新する力は、内部から、精神から生まれる。 教皇ピオ十二世 『スムミ・ポンティフィカツス』1939年(岳野慶作訳、中央出版社、... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、29 (b)サナトリウムの慈父 よいサマリア人と、長足ぐも あるひとりのユダヤ人が、イエルザレムから、イエリコにくだるとき、数人の強盗におそわれました。強盗は、旅人の衣服をはぎ、傷をおわせ、半死半生にしたまま道ばたにすてて去りました。たまたまひとりの司祭と... 続きをみる
使徒聖ペトロ、聖パウロ St. Petrus et St. Paulus Ap. 大祝日 6月29日 かつてイエズス御自ら弟子達に宣うた「総て自らへりくだる人は上げれれるべし」という御言葉はわけえもよく聖ペトロに当たっている。彼は始め一介の漁師に過ぎなかったのに、主の御口づか... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 9 殷王朝の都を求めて――殷墟の発掘史―― 2 『鉄雲蔵亀』の出版 このとき劉鉄雲は上海へ旅行していた。しかし北京の変をきくと、さっそく立ちもどった。 そして私財を投じ、難民の救済に力をつくした。 聞けば、政府米をおさめた倉庫をロシア軍... 続きをみる
あなたたちは再び怖れに陥るために奴隷の霊を受けたのではなく、養子としての霊を受けた。これによって、私たちは「アッバ、父よ」と叫ぶ。霊御自ら、私たちと共に、私たちが神の子であることを証明してくださる。私たちが子であるのなら世継ぎでもある。キリストとともに光栄を受けるために、その苦しみをともに受けるな... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、28 ◆3-2 新田原教会主任司祭 墓場 年のつとめに集まった信者の子どもたちが、聖堂のうらの墓地であたたかい日ざしを浴びながら、楽しそうに走りまわって遊んでいました。それをながめていたボネ神父さまが、突然大きな声でどなりました。 「こらあ!墓場は遊ぶとこ... 続きをみる
聖イレネオ司教殉教者 St. Irenaeus E. M. 記念日 6月28日 使徒聖ヨハネの愛弟子聖ポリカルポは156年の1月末小アジアのスミルナで栄えある殉教の死を遂げたが、炎々と燃え上がる火中に立ったこの老人の胸は「恩師ヨハネより受けた信仰はこれをことごとく我が弟子イレ... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 9 殷王朝の都を求めて――殷墟の発掘史―― 1 甲骨文字の発見 いまから七十年まえ、すなわち一八九九年、わが明治三十二年のことである。 そのころ、清(しん)朝の首都であった北京の町なかで、しきりに薬屋をまわって歩いている男があった。 「... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、27 3 新田原教会主任司祭 (a)悪童と神父さま 百姓男 ボネ神父さまが、この世でいちばんりっぱな仕事だと考えていたのは百姓でした。 スパイの嫌疑 留置場 飯塚の教会、そして、かれの最愛の地となったこの新田原に赴任してこられてからも、やはり、今村の教会におら... 続きをみる
隣人を助ける第三の方法は、よい生活の模範です。この点では、先に言いましたように神の恵みにより、皆さんの美徳の誉れはお国を越えて広まり、いろいろな国々でもよい影響を与えています。けれどもさらに、皆さんが日ましに完徳に進歩しつづけ、おのずから聖なる香りがあふれ出て、ますますよい影響を及ぼしてゆかれるよ... 続きをみる
聖ラジスラオ王 St. Ladislaus C. 記念日 6月27日 中世の初め聖教は、非常な勢いで欧州の北部諸国に広まったが、それはアイルランド、イングランド等から来た宣教師等の献身的努力と共に当時輩出した諸国の聖王たちの好意ある援助による所もすこぶる多かった。その最も顕著な例は... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、26 第2部 回想への巡礼 療友のつづった思い出の記をたずねて (b)鏡 - ある信者の思い出ぱなし ボネ神父さまといえば、だれにもすぐ思いだされるのは、あの真白い頭と、白いやぎのようなあごひげで、それがどっしりしたからだに、とてもよく似合い、印象に残ってい... 続きをみる
狭い門から入れ。滅びに行く道は広く大きく、そこを通る人は多い。しかし、命に至る門は狭く、その道は細く、それを見つける人も少ない。 マテオによる福音書 7章13-14節
聖ヨハネ、聖パウロ兄弟殉教者 Sts. Joannes et Paulus MM. 記念日 6月26日 350年ローマ皇帝の位に即いたユリアノは、自ら天主の信仰をなげうったばかりでなく、不埒にも聖教の根絶、偶像教の再興を企て、新たに聖会に対し猛烈な迫害を始めた。かくて諸々方々の聖堂は焼... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 8 黄土文明のあけぽの 5 ロンシャン文化 いっぼう中国では、殷墟の発掘がはじめられた翌年にあたる一九二九年に、その発掘のあいまに、山東省の方面へ調査におもむいたのが、わかい考古学者の呉金鼎であった。 済南から東へ五○キロばかり行くと、ロ... 続きをみる
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、23 第2部 回想への巡礼 療友のつづった思い出の記をたずねて ◆1-3、お葬式 いつかボネ神父さまの跡をたどるため、黒崎の教会をたずねたときのことでした。あるかたからこんな話を聞きました。 「まあ、ボネ神父さまですって!わたしも、そのかたをよく存じあげてい... 続きをみる
蜜蜂がどのようにするかをご覧なさい。私達も同じようにしなければなりません。すなわち役に足るものだけを選ぶこと。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)
レッジョの聖プロスペロ司教 記念日 6月25日 イタリアのレッジョ・ネル・エミリア市を訪れる人々は、その市の最も有名な聖人のプロスペロ司教が大きなカテドラルで記念されておらず、市場の広場に建てられた小さな教会でひそかに記念されているのを見て驚くであろう。しかし、こういうことは、... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 8 黄土文明のあけぽの 4 日本人の業績 中国で考古学の調査にしたがったのは、けっしてヨーロッパ人ばかりではない。 日本人の学者も、さかんに各地を調査して、それぞれ大きな成果をあげていた。 なかでも鳥居龍蔵は、日清戦争の直後、すなわち一... 続きをみる
ロザリオは聖寵の宝である。 教皇パウロ5世
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、22 第2部 回想への巡礼 療友のつづった思い出の記をたずねて ◆1-2、お葬式 まもなく、聖堂のなかに、しずしずと運ばれてきた棺は、まるで父のまえにすわらされたむすこのように、主の祭壇のまえにすえられました。気がつくと、棺の足もとに、黒いリボンで飾られた額... 続きをみる
洗礼者聖ヨハネの誕生 St. Joannes Baptista C. 大祝日 6月24日 聖書によれば主イエズス・キリストは「我誠に汝等に告ぐ、女より生まれたる者の中に、洗者ヨハネより大いなる者はあらず」(マテオ11・11)と仰せられたとある。およそ聖人は多しといえども、天主の御口ずか... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 8-3 甘粛(かんしゅく)の文化 アンダーソンは、彩文土器が西方から伝えがれたものと考えた。 とすれば、のちの「絹の道(シルク・ロード)」と同じように、天山山脈の南側をとおって、もたらされたのであろう。 そこから東のかた、中国へむかって... 続きをみる
授業の中で先生方が差別なくすべての生徒に質問を向けるようにすすめなさい。また順番に生徒の作文を発表させるように。えこひいきと特別な扱いを避け、生徒を自分の個室に入れないように注意しなさい。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)"Memorie Biografiche 10"
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、21 第2部 回想への巡礼 療友のつづった思い出の記をたずねて ◆1、お葬式 1959年3月19日 - その日は、朝からどしゃぶりの雨がつづいていました。そして、ようやく新芽をふきだしたばかりのいちょうの上に、修道院の青い屋根のうえにまた、葬式に参加した人々... 続きをみる
聖エテルドレダ修道女 St. Etheldreda 記念日 6月23日 イギリスの有名な聖女のエテルドレダ(聖オードレイとも呼ばれる)は2度結婚した。最初に結婚した夫は5年後に死亡した。2度目に結婚した時、彼女は夫に勧めて兄と妹のような関係を保ったが、12年目に二人は別れることになった。... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 8 黄土文明のあけぽの 2 ヤンシャオ遺跡 さて、リサンたちがオルドスにおいて、旧石器時代の遺跡をしらべていたのと、ちょうど同じ時期に、黄河の中流域(河南省)を調査していたスウェーデンの学者があった。 その人こそ、シナントロプスの発見に大... 続きをみる
悪魔はなかなか姦計に長けているので、初めから人を大罪に引っ張り込もうとはしない。最初は細い髪の毛でこれを繋ぎ、次に細糸でこれを縛り、またその次は縄を打ちかけ、遂には鎖でくくりあげて、全く己の奴隷とするのである。 アッシジの聖フランシスコ
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、20 ◆4-11、最初の布教地・奄美大島 こんなことばかり述べていますと、神父さまの布教歴史は、まるでかれの痛快な武勇伝をきくような感じをうけますが、その日常の生活には、人々の想像もおよぼぬ苦みがかくれていました。 それは、天にましますおん父にのみささげら... 続きをみる
ノラの聖パウリノ司教 St. Paulinus a Nola E. 記念日 6月22日 313年かのコンスタンチノ大帝が自らもキリスト教に帰依すると共に、有名なミラノの勅令を以て聖教信仰の自由を与えてからは、国民も先を争って受洗し、聖会は一時に隆盛に赴いた。しかしそれは量的に見... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 7-3 インダス文明の謎 インダス文明が知られるきっかけになったのは、象形文字らしいものを刻んだ印章のようなものがみつかったためであることは、さきに書いた。 これは「印章のようなもの」と書いたように、いわゆる印章(はんこ)であるかどうかは... 続きをみる
警戒を怠る人は霊魂を得ない危険に晒されます。それは時間、あるいは意志、あるいは恩恵が彼らに欠けているからです。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ)
江藤きみえ『島々の宣教師 ボネ神父』、19 ◆4-10、最初の布教地・奄美大島 「みなさん、死んでゆく人をごらんなさい。死人は未来をとりあげられてしまいます。そのときかぎり、進歩することができなくなるのです。あなたたちも、古い習慣や迷信のなかにとじこもって、新しい生活をしないなら、やはり死んだ人と... 続きをみる
聖アロイジオ・ゴンザガ証聖者 St. Aloysius Gonzaga C. 記念日 6月21日 聖会にはあらゆる階級、あらゆる年輩の人々に対し、模範となる聖人聖女があるが、青年諸君にとって無上の鑑と仰ぐべきは、聖ヨハネ・ベルヒマンス、聖スタニスラオ・コストカ、それに今語らんとす... 続きをみる
『文明のあけぼの 世界の歴史1』社会思想社、1974年 7 青銅器時代の衛生都市――インダス文明―― 2 青銅器時代の衛生都市 こうして姿を現わした「インダス文明」は、特色のあるすぐれた都市文明であったが、同時に種々の謎をもつ文明であった。 インダス文明はいわゆる「青銅器文明」で、道具や武器に... 続きをみる
何か注意をされた時、たとえ自分が正しいと思っていても、傲慢な態度で口答えをしないように気をつけよう。謙虚に受け止めて、むしろ注意されたことを喜びなさい。ある人がするように感情的になったりして失礼な態度を示さないようにせよ。 聖ヨハネ・ボスコ(ドンボスコ) 「聖フランシスコ・サレジオ会経営学校のため... 続きをみる